歴史時代作家クラブ公式ブログ

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大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第10回 真夏の世の夢

 金栗四三(中村勘九郎)ら、オリンピックに参加するための一団が日本を出発して二週間。一行はストックホルムの地にいました。
 夏のストックホルムは白夜で、夜でも日が沈みません。
 四三ら日本人は、西洋の記者たちに興味を持って迎えられます。西洋人たちは日露戦争で勝利した日本に高い注目を持っていたのです。
 そして四三は、ポルトガル人のマラソン選手に出会います。名前はラザロ。四三に握手を求めてきます。闘志をむき出しにラザロと握手をかわす四三。
 四三と、短距離走の代表である三島弥彦(生田斗真)は白夜に苦しめられます。ろくに睡眠もとれません。
 四三と弥彦は練習を重ねてゆきます。四三はマラソンのコースを走り、弥彦はスタジアムで走ります。二人は孤独に苦しめられるようになります。監督の大森兵蔵(竹野内豊)が胸の病で臥せっており、練習を指導できる状態になかったのです。ほかの国の選手たちは数名が一団となり、互いに批評を加えて訂正しあいます。こうして練習の効果を確実に上げていきます。
 アメリカ、フランス、ロシアなどの選手が現地入りし、練習の場はますますにぎやかになっていきます。
 そんな時、四三はマラソン競技のライバル、ポルトガル人のラザロに再び話しかけられます。ラザロは四三のはいていた足袋(たび)に興味を持ったのでした。四三の真摯に、そして気取らずに意思を伝えようとする様子は、次第にほかの国の選手も引き付けていきます。四三はラザロに足袋をプレゼントします。ラザロは喜びのあまり四三に抱きつきます。すっかり打ち解けた二人。四三は皆の人気者になり、四三の足袋を他国の選手たちも欲しがります。
 練習を始めて十二目。とうとう弥彦は参ってしまいます。
「もう限界だよ」
 と四三にこぼします。練習に誘おうとする四三。実は弥彦は、四三に嫉妬もしていたのでした。新聞を持ってきます。それはどれも四三の記事ばかりで、弥彦の名前はどこにもありません。
 トイレの便器さえ弥彦は気にします。当てつけのように高い。小便もつま先立ちでしなければならない。
「お前らが、足の長い西洋人に勝てるわけがないと笑わられている気になるよ」
 四三は監督の大森に助けを求めます。しかし大森は病状がひどく、弥彦の面倒を見るどころではありません。
 途方に暮れる四三。再び弥彦の部屋を訪れます。弥彦は窓から身を投げようとしていました。慌てて止める四三。四三は必死で説得します。
「われらの一歩は、日本人の一歩ばい。早かろうが遅かろうが、俺らの一歩には意味があるったい」
「すまん」
 と謝る弥彦。二人は抱き合うのでした。
 翌日からやる気を取り戻す弥彦。四三も練習を手伝います。一緒に走ったりタイムを計ったりします。病状の回復した大森も合流し、弥彦はタイムを上げていきます。
 スウェーデンの夜が完全になくなります。スウェーデン人はこのころ広場に柱を立て、踊りあかします。「夏至祭」と呼ばれる行事です。
 この陽気なお祭りの声と白夜に、四三と弥彦は眠れません。ガイドも二人にあきらめるように言います。
「俺が言うてきましょ」
 四三はホテルを出て、踊る人たちに呼びかけます。しかし喜び楽しむ人々は、四三の声に耳を貸そうとしません。さらに四三と弥彦に、日本の歌を歌うように要求するのです。
 四三と弥彦は人々に壇上へと上がらせられます。
 四三は決意し、歌い始めます。それはスウェーデンの人々が期待していたような陽気な歌ではありませんでした。四三の歌いはじめたのは「きみがよ」でした。四三の真剣な様子に聞き入る人々。やがて弥彦も声を合わせます。
 歌が終わると、人々は静まり返ります。やがてまばらに始まる拍手。歓声へと変わっていきます。そして人々の中に加納治五郎(役所広司)の姿があったのです。選手団を率いるべき加納が、ついにストックホルムに到着したのでした。
 オリンピック開会式の打ち合わせが行われます。国旗を弥彦が、プラカードを四三が持つことが決められました。しかしプラカードの表記について、四三は納得しません。英語でJapanと書くことを提案する大森に対し、四三は漢字で「日本」と記すことを主張するのでした。

 

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第9回 さらばシベリア鉄道

 今週も軽くツッコんでいこうと思います。
 新橋の駅を出発した金栗四三中村勘九郎)と三島弥彦生田斗真)は監督の大森夫妻と共に、オリンピック開催の土地、ストックホルムを目指します。その距離八千キロ。十七日間の長旅です。
 団長で旅に同行するはずだった嘉納治五郎役所広司)は、汽車に乗り遅れ、追いかけようにも文部相の許可が下りないありさまでした。
 福井県駿河で一行は船に乗り込み、日本を後にします。嘉納はついに追いついてきませんでした。
 ウラジオストックからシベリア鉄道に乗り込みます。
 食堂車に行こうとした弥彦と四三でしたが、監督の大森(竹野内豊)に止められます。倹約のために、基本は自炊にするというのです。大森の妻の安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)が、缶詰やアルコールランプを持ってきていました。
 しかし同室となったドイツ人に誘われ、初日は食堂車で食べることになりました。その価格にびっくりする大森。四三はまわりの外国人たちを見回します。こういう連中と自分は戦うのか、と彼らを観察します。ドイツ人は堂々として動じず。ロシア人は粗大でじつに大陸的。米国人は快活そうで気持ちの浅そうな連中。フランス人は老獪にてわからず。そして日本人は……論外なり。
 夜は大森の咳と、ドイツ人のいびきがうるさくてろくに眠れません。
 朝起きると、四三は大森に注意されます。客室の外に出るときは、常に正装でなくてはならない。四三は朝起きてから寝るまで、ワイシャツ、ネクタイ、背広革靴で過ごし、窮屈な思いをします。弥彦は洗面所を独占し、毎朝三十分をかけて身支度をします。
 ハルビン駅で途中下車した四三と弥彦でしたが、ハルビンは不穏な空気が漂っています。二人は銃を担いだロシア兵に囲まれ、二人はパスポートを見せるように要求されます。
 汽車に乗り込むと、さっきまでロシア兵におびえていた弥彦は、女の子に声をかける始末。その軽薄な振る舞いに四三はあきれます。
 やることもなく四六時中顔を合わせている四三と弥彦の関係は、次第にギスギスしたものになっていきます。
 そのころ後の古今亭志ん生である美濃部孝蔵森山未來)は、師匠の橘屋円喬から言葉をかけられます。
「君はメシは好きか」
そして初めての給料を渡されるのです。それはほんのわずかな額でした。さらに名前を与えられます。
「お前さん今日から、三遊亭朝太だよ」
 噺家なんて水ものだ。のうのうと暮らせると思うな。食うことなんて後回しにして、芸の苦労をしなければならない。「メシは好きか」とは、そういう意味だったのです。それでも喜びを隠しきれない孝蔵でした。
 汽車で移動する四三と弥彦は、いちゃつく大森夫妻にいらだちを隠しきれません。大森の咳が気になる二人。実は大森は肺を患っていたのです。
 安仁子が嘉納に頼んでいたのでした。四年後はおそらく無理だ。これを逃したら一生オリンピックを見る夢は叶わない。どうか行かせてやってほしい、と。
 頼りないと四三たちが考えていた大森は、実際には大変な熱意を持った研究家でした。短距離法の練習法や、フォーム、足の運び方までを記した分厚い研究書を、嘉納に預けて出かけていたのでした。
 車中で大森の病状は重くなり、つてに安仁子は自炊の中止を申し出ます。
「こぎゃんこつで大丈夫でしょうか」
 ついに四三の不安といらだちは沸点に達します。監督はあんな状態で、嘉納もいない。弥彦は女の尻ばかり追いかけている。弥彦は四三を食堂車に誘います。
「考えても始まらん。走るのは僕たちだよ」
 と弥彦は言います。次第に打ち解ける二人、酒も入り、互いを認め合います。
 東京を出て十七日目。ついに一行は船に乗り、バルチック海をストックホルムに向かいます。
 ストックホルムに到着する一行、大使館の公使が出迎えます。四三が驚いたことに、ストックホルムの地では、子供から大人まで誰もがオリンピックを知っていました。その開催を心待ちにしています。
 そして四三と弥彦は無人のスタジアムに足を踏み入れます。ここを走るのだと二人は静かな闘志を燃やすのでした。

 

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第8回 敵は幾万

 今週も軽くツッコんでいこうと思います。
 自費でストックホルムに行かなくてはならなくなった四三(中村勘九郎)のもとへ、兄の実次(中村獅童)が熊本からやってきます。実次はストックホルムへの旅費、千八百円を届けに来たのでした。
 寄宿舎の食堂で話し合う四三と実次。四三の友人たちはその光景を、兄が弟を連れ戻しに来たのだと誤解していました。四三は実次の取り出した金を見て言います。
「まさか、田んぼば売ってしもうたつね」
 場面は一ヶ月前の熊本にさかのぼります。実次はスヤ(綾瀬はるか)に連れられて庄屋の池辺重行(髙橋 洋)のもとを訪ねていました。四三の旅費を借りるためです。そんな立派な大会なら、国が金を出すでしょ、ともっともなことを言う重行。オリンピックは、アマチュアの競技会で、と苦しい言い訳をする実次。アマチュアとは、本職ではないという意味だ、と説明するスヤ。
「本職じゃなかったら、遊びじゃなかね」
 と、鋭いところをつく重行。金を出すことはできないという流れになります。弟のためなら田畑を売ってもいいという実次。
「四三は、それだけの価値のある男たい」
 と、見得を切ります。そこへ重行の母、幾重(大竹しのぶ)が出てきます。そこまでしても行かなければならないのですか、と実次に聞きます。実次は幾重に深く頭を下げたあと、言います。自分も走ったその先に、何があるのかは知らん。何もないかもしれない。しかし
「そん景色ば、見る資格ば、四三は持っとる。兄として見せてやりたかです」
 と、実次は再び幾重に深く頭を下げるのでした。幾重は実次の田んぼを千八百円で買うと言い出します。そしてそれをただで貸してくれるというのです。つまり実次に千八百円を与えるということでした。そして幾重は釘を刺します。実次を信用したわけではない。スヤの頼みとあらば、力にならなくてはならない。
 場面は寄宿舎の食堂に戻ります。兄に感謝し、頭を下げる四三。そこへ四三の友人たちが飛び込んできます。寄付金が千五百円に達したので、持ってきたと言います。全国の師範学校から集まったのです。結局、実次は三百円だけを払うことになります。こうして四三のストックホルムへの費用は確保されたのでした。
 寄宿舎の一室で、教授の永井と、助教授の可児はストックホルムに連れて行ってもらえない愚痴を言い合っていました。そこへ実次がやってきてあいさつをします。実次を歓迎する二人。永井は実次に言います。
「例えば四年後、八年後、百年後。何千何万人のオリンピック選手が日本から出ても、誰がなんと言おうと第一号は金栗四三。これだけは未来永劫動かんのですよ」
 次の日、四三たちは実次を東京見物に連れ出しました。凌雲閣にのぼります。そこから目にする富士山に、四三はスヤのことを思い出し、思わず言います。
「兄上、俺は、生きて帰れっとだろか」
 四三はこぼします。ただ丈夫になるために走っていたのに。丈夫になったところでやめておけば良かった。どういうわけで異国に。実次は四三を怒鳴りつけます。
「今さら弱音を吐くな四三。お前行かんかったら後が続かん。お前がそぎゃん弱虫やったら、百年後のいだてんも弱虫ばい」
 四三は納得してうなずきます。
 通りを歩きながら四三は金を工面してくれた池辺の家について実次にたずねます。スヤの嫁ぎ先だと言うことを聞くと、
「やっぱり」
 と、複雑な表情になります。
 実次は市電に乗り、四三と別れます。動き出す市電から実次は四三に叫びます。
「勝とうなどと思うな。なんも考えんで行って、走ったらよか」
 その言葉に四三は笑顔を取り戻すのでした。
 四三は足袋(たび)作りの播磨屋をたずねていました。オリンピック仕様の足袋を受け取ります。播摩谷の息子が、包みを四三に渡します。その中身は日の丸のついた体操着でした。体操着のことまで今まで誰も気が回っていませんでした。喜ぶ四三。
 四三の壮行会が寄宿舎で行われていました。ちょうどその頃、スヤは池辺の家に嫁入りしていたのでした。
 一方、短距離走でオリンピックに出場する三島弥彦。大学の落第を覚悟でオリンピックにのぞみます。弥彦の母、和歌子は、女中のシマ(杉咲 花)に
「弥彦は三島家の恥じゃ」
 と言い切ります。シマは気をもみ、洋行のことを和歌子にきちんと話した方が良いと弥彦に言います。弥彦は
「話しても話さなくても、結果は同じさ」
 とシマに告げます。
 ストックホルムへ出発する日となりました。新橋の駅は見送りの人でごった返していました。四三と弥彦は汽車に乗り込みます。人々は「敵は幾万」の唄などを歌い、オリンピックに出発する一行を送り出します。
 汽車が出発しようとするその時、三島家の一行が到着するのです。弥彦の兄が叫びます。母上にちゃんとあいさつせんか。弥彦はたどり着いた母、和歌子の手をとります。
「母上、弥彦は精一杯戦ってきます」
「当たり前じゃ」という母。「お前さは、三島家の誇りなんじゃから」
 そして弥彦は母から、日の丸の入った体操着を受け取るのでした。
 汽車の中でインタビューを受ける弥彦。いつも通りのキザな返答です。四三の番になります。記者の質問にただうなずく四三。しかしそれが後になってそのまま記事になってしまうのです。
「日本運動界の全責任を負って出場するからには、倒れて後やむの大決心をもってのぞみ、決して国体を辱めざることを期すという心境です」

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第7回 おかしな二人

 今週も軽くツッコんでいこうと思います。
 嘉納治五郎役所広司)の口車に乗せられ、自費でオリンピックに行くことになった金栗四三
 一方、嘉納は参加をしぶる三島弥彦生田斗真)を口説いていました。
「君のような日本の未来をしょって立つ若者に、先進諸国のスポーツ文化を見てもらいたい。これは遊びじゃない。視察だ」
 オリンピックへ出発まで3ヶ月と迫りました。四三には手紙が来ません。四三は兄の実次(中村獅童)に金の無心の手紙を書いていたのでした。兄が自分の走ることをよく思っていないことを思い出す四三。さらに四三の家は貧しいのです。暗澹たる気分になります。
 弥彦の参加は、銀行家である兄の弥太郎が承知しません。
 金があるのに行けない弥彦、行けるのに金がない四三。
 弥彦は兄の説得のために、自宅の庭を走って見せます。
 四三のもとについに兄から手紙が来ます。それは良い意味で四三の予想を裏切るものでした。兄は手紙で切り出します。
「四三よ。あっぱれ。よくやってくれたぞ」
 実は四三のことが新聞に書かれたため、兄は近所で良い顔になっていたのです。金のことは心配するな、必ず俺がなんとかする、と兄は書いてきています。たとえ田畑を売ってでも、必ず外国へ行かせてやる。
 四三と弥彦は嘉納のもとで、オリンピックのエントリーシートにサインします。大きくうなずく嘉納。二人を励まします。
「勝てとはいわん。精一杯、戦ってきてくれたまえ」
 二人は欧米のスポーツ文化にくわしい大森兵蔵竹野内豊)の妻、大森安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)から、英会話や、西洋式の礼儀作法、食事のマナーを習うことになりました。場所は弥彦が自宅を使ってくれと申し出てくれました。
 熊本では四三の兄、実次が、医者の春野に頭を下げていました。金の工面を頼んだのでいたのです。そんな金はないと断る春野。そこへ娘のスヤ(綾瀬はるか)が現れます。庄屋の池辺はどうだろうかと提案します。スヤに連れられて池辺に会う実次。
 弥彦の家でテーブルマナーの講習が開始されます。苦戦する四三。
 兄から何の音沙汰もないまま、四三はオリンピック出発まで1ヶ月を迎えます。
 弥彦の家で、弥彦と四三は話し合います。弥彦は家族に応援される四三をうらやましがります。
「祝福されて、激励されて走る方が、心強いだろう」
「ばってん、我が子に関心のなか親がおるでしょうかね」
 と、素朴な感想を言う四三。弥彦は複雑な表情を見せます。
「期待に応えんでいいから気楽だがね」
 と言い捨てる弥彦。
 練習を重ねる四三ですが、金のないために自分は走れないかもしれない、と思い始めていました。
 見かねた学校の仲間たちが、四三のために募金活動などを始めていました。
 市電から赤ゲット(田舎者の象徴)をまとった男が降りてきます。新聞記事の写真と四三を見比べながら男が叫びます。
「ああー、いだてんのお出ましたい」
 男は兄の実次でした。驚く四三。
「なして東京におるとね」
「金千八百円、持ってきたばい」
 と叫ぶ実次。
「何も言うな」
 と実次は四三を抱きしめるのでした。

 

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第6回 お江戸日本橋

 今週も軽くツッコんでいこうと思います。
 オリンピック予選会で優勝し、マラソンの世界記録を二十二分も更新した金栗四三
 四三は足袋(たび)を作っている播磨屋を訪ねます。以前四三は足袋を改良してもらおうと、その欠点を告げたところ、播摩谷は怒り、叩き出されたことがありました。四三は恐る恐る播磨屋の扉を開けます。まず頭を下げて謝ります。足袋のそもそもの役割を話し始める四三。四三が本題に入る前に、播磨屋は改良した足袋を投げてよこすのです。喜ぶ四三。礼を言って播磨屋をあとにします。
 一方、日本がオリンピックに参加するための要人だと目された嘉納治五郎高等師範学校校長室は、午後からは大日本体育教会に変わります。オリンピックに出場する選手を選抜する会議が行われていました。問題は、何人がエントリーするかです。費用が最大の懸念でした。滞在期間を一ヶ月として、ひとり千円はかかります。
 教授の永井は、費用のことで文部省に掛け合っていました。
「国立大学の学生は、国費で学んでおるのです。それを一月(ひとつき)も海外で遊ばせるなど」
 といわれてしまっていました。それを聞いて激高する嘉納。世界レコードを破ったのだぞ、と叫びます。それに関して新聞記事が見せられます。世界記録は誤測ではないかと、疑問を呈していました。
「ますますあとには引けん」と闘志を燃やす嘉納。「オリンピックに行き、彼らの実力を示し、汚名返上せねばならん」
 何人だったら行けるのか。その疑問に、予算を管理する助教授の可児は一人か二人との数を出します。短距離で三つの種目に優勝した三島弥彦生田斗真)には自費で行ってもらおうと提案する嘉納。彼の家は金持ちだからです。そのかわり金栗四三の分は、体育協会でなんとか用立てることにします。
 嘉納たちの所へ呼び出される四三。嘉納は四三をオリンピックに派遣することが決まった、と告げます。しかし四三の返答は嘉納の予想を裏切るものでした。
「行きとうなかです」
 驚いて怒りを発する嘉納。ついに
「なぜ世界記録など出したんだね」
 と叫ぶ始末。謝る四三。日頃の鍛錬の成果を試したかっただけで、そんな大きな大会とは知らなかったという四三。
「オリンピックとは何ですか」
 と嘉納に質問します。あきれる嘉納。
「そこからかね」
 とつぶやきます。嘉納は四三に説明します。
「言葉も文化も思想もちがう国の若者が、互いを認め合い、技を競い合うんだ」
「負けたら、切腹ですか」
 と、思い詰めた表情で問う四三。にらむ嘉納。四三は土下座します。
「それだけはお許しください」
 羽田では幸運にも勝つことができた。しかし国際大会など無理だ。自信がない。行けば勝ちたいと思うし、勝たないと期待をしてくれる国民が許してくれない。生きて帰れまい。
 嘉納は落胆します。
 夜、嘉納は短距離の三島弥彦に、オリンピックの代表を要請しに行きます。エントリーシートを突き返す三島。
「僕は出ません」という三島。「たかがかけっこごときで学校を休んでいたら、落第してしまいます」
 学校に帰ってきた嘉納は、自暴自棄になっていました。
「残念だが、ここはいさぎよく」
 などの言葉を口にしてしまいます。
 落胆のあまり力の抜けた嘉納たちのもとへ、四三がやってきます。優勝カップを返しに来たのでした。静かに四三を説く嘉納。
「負けても、切腹はせんでいい。勝ってこいというのではない。最善を尽くしてくれればいいんだ」四三に対し、深く頭を下げる嘉納。「君しかおらんのだよ」
「行きます」ついにいう四三。「勝敗のみにこだわらず、出せる力は出し切ってきます」
 感激する嘉納。四三は部屋を出ようとします。そこに可児が嘉納にお金のサインを示します。四三を呼び止める嘉納。嘉納は馴れ馴れしく四三の背中をたたきます。
「これはあくまでも提案なんだが、君が出すっていうのはどうかな」
 あっけにとられる四三。お金を体育協会が出すということが、君を追い込んでいるのではないか、と嘉納はいいます。四三が自分の金でストックホルムに行くのなら、勝とうが負けようが君の勝手だ。国を背負うだの負けたら切腹だのと頭を悩ますことはない。嘉納の口車に納得してしまう四三。はりきってストックホルムに行く決意をします。そして熊本の実家に金を無心する手紙を出すのです。
 一方、若き日の古今亭志ん生である美濃部孝蔵。名人、橘屋円喬に弟子入りして、師匠を乗せて人力車を引いていました。
「耳で覚えちゃだめよ。噺はね、足で覚えるんだ」
 意味のわからない孝蔵。実際に歩いてみないと、落語の中の人間の気持ちがわからない、と師匠は教えていたのでした。
 夢に向かって走る四三と孝蔵。二人は夜の日本橋ですれ違うのでした。その時ちょうどあがる花火。二人の人生を照らし出します。

 

大河ドラマウォッチ「いだてん 東京オリムピック噺」 第5回 雨ニモマケズ

 今週も軽くツッコんでいこうと思います。
 明治44年、オリンピックの参加選手を決めるための予選会が行われました。
 しばらくおとなしく審判をしていた天狗倶楽部の三島弥彦でしたが、途中耐えられなくなり競技に参加してしまいます。そして百メートル、四百メートル、八百メートルの競技で優勝してしまうのです。
 金栗四三ら、東京高等師範学校(東京高師)の面々は、道に迷った末、競技途中に予選会にたどり着きます。しかしマラソン競技が始まるのには間に合いました。
 いよいよマラソンが始まります。競技が始まるに際し、東京高師の教授、舎監(寄宿舎の監督)でもある永井道明が注意を呼びかけます。
「決して無理はするな。体に変調が起きた場合、無理せずその場で救護班を待て。歩いてもいい。休んでもいい。生きて帰ってくれたまえ」
 スタートの合図が撃ち鳴らされました。激しい雨が降り始めます。四三は最下位でスタジアムを出て行きます。十里、二五マイルという長距離に、皆、初めて挑みます。
 東京高師の面々は、序盤はわざとゆっくりしたペースで進みます。雨が上がり、日差しが差し始めました。次々に落伍者が出始めます。四三は着実に順位を上げていきます。
 四三はついにスパートをかけ始めます。
 スタジアムで待つ嘉納治五郎の元に、伝令が伝えてきます。トップが折り返し地点を回り、現在落伍者は八名。
 折り返し地点にいたり、四三は四位につけていました。二位の選手はふらふらになっています。四三は三位に上がります。もしかしたら勝てるかもしれない、との思いが四三の胸を横切ります。
 ふらふらになっていた二位の選手を四三は抜きます。雨風が再び四三を襲います。あと四里。
 これまで最高六里しか走ったことがなかった四三にとって、ここから先は未知の領域でした。四三の履く足袋(たび)も壊れてきます。
 奇妙なことが起こります。トップの選手が立ち止まると、二位の四三をにらみつけてきたのです。四三も思わず立ち止まります。その間十秒。レースは再び開始されます。
 スタジアムで待つ嘉納の元に、落伍者が十三名になったと伝えられます。そして嘉納はスタジアムに入ってくる、ひとりの姿をとらえるのです。嘉納は思わず叫びます。
「いだてんだ」
 ゼッケンを調べると、その人物が金栗四三であることがわかります。タイムを見ると、四三が世界記録を更新していました。嘉納は思わず飛び出していきます。ゴールを切る四三を抱きとめます。
 四三は思い出の中にいました。体の弱い四三は嘉納治五郎に抱っこしてもらうべく、父と出かけたのです。嘉納に抱っこしてもらうことは叶いませんでしたが、父は帰ってきて、四三が抱っこしてもらったと家族に嘘をつきます。長じて東京にいく直前、それが嘘であったことを兄に打ち明ける四三。兄はいいます。
「抱っこばしてもらいに、東京に行くとか」
 そして今の四三。嘉納に抱っこしてもらう夢が、こんな形で叶ったのです。
 すぐさま四三が世界記録を破った記事が号外で人々にくばられました。人々は四三の乗る市電に押し寄せ、歓声を浴びせました。
 部屋に帰った四三はノートを取り出します。
「勝つために」
 と表紙に書き記します。今日の勝因を自分なりに分析しようというのです。排便、食事、服装などを考察していきます。そして課題が浮かび上がってきました。足袋が破れて最後には裸足で走ることになったのです。破れない足袋をつくろうと決意します。
 四三は足袋を買った店、播磨屋を訪れます。自分のつくった足袋をほめてくれるものと勘違いした播磨屋は上機嫌。しかし四三が足袋の欠点を上げ連ねていくと激怒してしまいます。
 一方、美濃部孝蔵、後の今亭志ん生もドラマチックな体験をしていました。一日、代理で人力車夫を引き受けたところ、憧れの橘屋円喬を乗せることになったのです。円喬を家まで送り届けると、孝蔵は土下座します。
「弟子にして下さい」
 と頼み込むのです。円喬は、それなら明日もまた同じ道を乗せてくれ、といいます。すっかり弟子になったつもりではりきる孝蔵でした。