読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

歴史時代作家クラブ公式ブログ

現在活躍中の歴史時代作家が多数所属する文学団体です。時代文庫活性化を目指し、各社から出ている時代小説文庫等の紹介もします。初めにこちらをお読みください。→http://rekishijidaisakkaclub.hatenablog.com/entry/2014/08/01/105546

書評【雪つもりし朝 二・二六の人々】

雨宮由希夫

書 名『雪つもりし朝 二・二六の人々』            

著 者   植松三十里

発行所   角川書店

発行年月日 2017年2月4日

定 価    各 ¥1500E

 

雪つもりし朝 二・二六の人々

雪つもりし朝 二・二六の人々

 

 

書 名『雪つもりし朝 二・二六の人々』            

著 者   植松三十里

発行所   角川書店

発行年月日 2017年2月4日

定 価    各 ¥1500E

 

昭和9年(1934)3月1日の満州国の成立から2年後の、昭和11年(1936)2月26日未明、大雪の朝、二・二六事件が起こる。陸軍第一師団管下の歩兵第一、第三連隊を主力とする約1500人の部隊が蹶起し、政府要人を襲撃し4日間にわたり永田町一帯を占拠した未曽有のクーデター未遂事件である。

昭和維新」を掲げて蹶起した皇道派将校たちの主張は庶民の貧困は財閥が利潤を独占しているせいであり、庶民が貧困から抜け出すためには、中国大陸の利潤を握るのが最有効で、まず「君側の奸」を排除し、天皇に権力を集中させて、軍事力を強化すべし、というものであった。

二・二六事件には、皇道派の軍上層部がどの程度事件に関与したかなどいまもって解明されない謎もある。

二・二六事件巻き込まれた5人の主人公を時と場所を変えて描いた本作は「小説 野性時代」の2016年5月号から、今年の1月号までに、隔月で連載された。幕末明治を主として歴史の真実に迫る数々の歴史小説を書いている植松三十里が二・二六事件をいかに描くのか興味をもって本書を紐解いた。

連作短編5品で構成された物語は一話の短編それ自体として完結しているが、短編が重なるたびに短編相互が重層的に響きあい、事件の全容が明らかになってゆくという手法によって、複雑な事件が理解やすく描かれている。

第一章「身代わり」。岡田啓介二・二六事件時の首相である。岡田は首相官邸で襲撃されたが、義兄たる岡田の窮地を救うために、あえて「身代わり」になって松尾伝蔵が銃殺された。

松尾の妻で岡田の実妹・稔穂は兄の身代わりに命を捨てた夫を誇りに思うと共に、女中部屋の押し入れに隠れて危うく難を逃れたことを非難され、生き恥をさらすとばかりに我が身を苛む兄を励ます。他の章にも描かれる巻き添えになったひとびとを支える家族愛も読みどころである。

第二章「とどめ」。舞台は一転して、二・二六事件から9年後の昭和20年(1945)4月、二・二六事件でからくも助かった岡田啓介が小石川丸山町の鈴木貫太郎宅を訪ね、「何のために俺たちは生きのびたのか?」と鈴木に迫り、鈴木に首相として内閣を率い戦争続行を強行する軍部を押さえて戦いを終わらせるという重大な使命を負う終戦内閣の首相就任を要望するシーンからはじまる。

二・二六事件当日、侍従長兼枢密顧問官の鈴木貫太郎千鳥ヶ淵近くの侍従長官邸で襲撃を受け瀕死の重傷を負ったが、妻タカが身を投げ出してかばったことで「とどめ」をさされず生きのびた。

鈴木の妻タカはかつて幼かった天皇と弟宮(秩父宮)の養育係で、岡田は鈴木夫妻が天皇の信頼があついことを知っていた。

鈴木貫太郎襲撃を指揮したのは歩兵第三連隊第6中隊長(大尉)・安藤輝三であった。安藤は急進派将校の中心的人物の一人だが、最後まで決行を躊躇したといわれる。安藤は鈴木と面識があり、また、安藤は昭和天皇実弟秩父宮とも親しい関係にあった。本章までで二・二六事件の主要な人物が揃い、事件の背景がほぼ俯瞰できる。

第三章「夜汽車」の主人公は秩父宮擁仁親王である。終戦なった昭和20年(1945)の秋、富士のふもとの御殿場に秩父宮鈴木貫太郎・タカ夫妻が見舞うシーンからはじまる。宮は昭和15年(1940)結核になり、御殿場で結核の療養生活を送っていた。

二・二六事件の謎といえば、事件と秩父宮の関係も微妙である。第一師団歩兵第三連隊の中隊長当時、後に二・二六事件の首謀者となる青年将校と付き合いがあったことから、事件の黒幕と噂されていたという。

事件当時、宮は第8師団歩兵第31連隊の大隊長(少佐)として弘前にあった。

事件が起きると、秩父宮弘前から東北本線を避けて、奥羽、羽越、信越上越線経由の遠回りで上京し、参内する。

天皇は重臣の殺害に激怒していた。天皇は終始一貫して反徒鎮圧を言明していたにもかかわらず、陸軍上層部は反乱軍に同情的で、天皇の意思とは別の動きを示し、鎮圧するための意思統一ができず、事態収拾の方針は二転三転している。このような状況の変化を作家は秩父宮の一日をたどることで活写している。宮中での兄の天皇との対話シーンは歴史小説の醍醐味がいかんなく発揮された迫真のシーンである。「もし秩父宮が東京に残っていたら、反乱軍に担ぎ出され、皇弟を後ろ楯にした反乱軍は投降勧告などに応じなかったろう」と作家は淡々と歴史を切り取っている。確かな史眼である。

第四章「富士山」は吉田茂の娘・麻生和子が主人公。事件より15年後の昭和26年(1951)9月。サンフランシスコ講和条約調印を済ませた吉田茂が搭乗しているパンアメリカン航空の機内より、吉田茂の私設秘書として随行した和子が富士山を見つめるシーンからはじまる。  

元内大臣の牧野伸顕は富士のふもとの湯河原の別荘で、別動隊に襲撃され、女装してからくも逃れた。牧野は明治の元勲・大久保利通次男で、和子の母方の祖父に当たる。銃口に身をもって祖父をかばい、家族とともに無防備のまま雪の山中を逃げ惑った二・二六事件の体験から、独立国に防衛力は欠かせないと、和子が父の茂に思いを告げるシーンは刺激的である。戦争の終結から6年も経った後に調印された講和条約日米安保条約とセットされたものであるとともに、日本の国際的位置を現在も規定し続けているからである。

第五章「逆襲」は21年後の昭和32年(1957)2月末、映画『ゴジラ』の監督・本多猪四郎が横須賀の米軍基地を訪れる場面からはじまる。

第一章から第四章までの作品が襲われた側の人々を主人公にしているのに対し、本章は決起部隊、すなわち襲った側の一人の兵士にスポットライトをあてていることが際立つ。

二・二六事件で襲撃に加わった兵士1500名のうち、20名ほどの将校を除く1480名は、クーデター行動を事前に知らされておらず、演習の名のもとにかり出されたともいわれる。彼らはただ上司の命令に服従して出動し、逆賊呼ばわりさせられ、事件後は、中国戦線では最前線のソ満国境に配置されるなど、苦難の道を歩かされた。その意味で巻き込まれた人にちがいない。本多猪四郎もそのひとりであった。

決起部隊の歩兵第一連隊の兵士として、本多が兵舎で待機し続けた二月の4日間を回想することで、作家は事件の背景や経過を含めた全体像を歴史の闇の中から白日の下に浮かびあげている。

二・二六事件の後、皇道派が一掃され、統制派が完全に主導権を握り、政党や自由主義者たちを脅すのに、この事件は使われ、ついにはこの事件を梃子として、軍部独裁のファッショ体制が確立し、日本は雪崩のような軍靴の響きを立てて戦争への道を加速させた。

ひるがえって見るに、83年前の二・二六事件は150年前の明治維新と現代のちょうど中間に位置する。

戦時下最後の首相・鈴木貫太郎慶應3年(1867)佐幕派関宿藩藩士を父として生まれた。幕府の崩壊、幕引きと終戦を重ね、自らを「敗北者の子」としている。また、秩父宮の妻・勢津子には「逆賊の家に生まれ育ったから逆賊となった安藤輝三の心情がわかる」と言わしめている。勢津子の祖父は会津藩松平容保である。幕末明治と昭和史が重なり合うシーンである。

短編本文で、日本の敗北と占領、講和と独立、そして復興という劇的な変転を描き、雑誌連載中にはなかった「序章」と「結章」を加えることによって、二・二六事件を現代に引き寄せながら、憲法改正自衛隊の海外派兵、「普通の国」など現代日本が抱える重い課題を浮かび上がらせている。

読み継がれるべき<昭和もの>歴史小説である。

 

 

                  (平成29316日 雨宮由希夫 記)

 

2月7日発売の新刊

新刊案内

著者コメント:

 「将軍を蹴った男 松平清武江戸奮戦記」の主人公、松平清武は余り知られていないかも知れませんが、実は八代将軍吉宗(こちらは超有名ですが)を紀州から迎えた時の世継では、候補に挙がったひとりです。

 しかし家光の孫で、六代将軍家宣の弟、七代将軍家宣の叔父にあたる清武は、その正統性では吉宗よりも将軍に近かったのですが将軍職に就くことはありませんでした。

 そんな清武と新しく将軍になった吉宗があるときは巷に出て、世を正していくシリーズです。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 ※アマゾンに説明が出たら付け足します

将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫 ほ)

将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫 ほ)

 

 著者コメント:

2月7日にコスミック時代文庫より『将軍の太刀 影裁き請負人』が発売されます。なにとぞよろしくお願いいたします。

 ※アマゾンに説明が出たら付け足します

将軍の太刀―影裁き請負人始末 (コスミック・時代文庫 ふ)

将軍の太刀―影裁き請負人始末 (コスミック・時代文庫 ふ)

 

 

京都・二条で小さな和食器店を営む紫。好きなものに囲まれ静かに暮らす紫の毎日が、20歳近く年上の草木染め職人・光山の出現でがらりと変わる。無邪気で大胆なくせに、強引なことを〝してくれない〟彼に、紫は心を持て余し、らしくない自分に困り果てる。それでも想いは募る一方。ところが、光山には驚くべき過去が――。ほろ苦く、時々甘い、恋の物語。

いろは匂へど (幻冬舎文庫)

いろは匂へど (幻冬舎文庫)

 

 ※今年はクラブ員以外の文庫もご紹介しています。

2月3日の新刊

新刊案内

 2月3日新刊情報です。クラブ員以外の時代文庫もご紹介しています。

穴屋でございます (徳間文庫 か)

穴屋でございます (徳間文庫 か)

 

 

峠道 鷹の見た風景 (徳間文庫 う)

峠道 鷹の見た風景 (徳間文庫 う)

 

 

騙り商売: 新・問答無用 (徳間文庫 い 48-18)

騙り商売: 新・問答無用 (徳間文庫 い 48-18)

 

 

 

波形の声 (徳間文庫 な 44-1)

波形の声 (徳間文庫 な 44-1)

 

 

真田合戦記: 義信謀叛 (徳間文庫)

真田合戦記: 義信謀叛 (徳間文庫)

 

 

 

吉川英治さん新刊

新刊案内

北上次郎がお薦めする吉川英治伝奇作品復刊第二弾

徳川将軍・吉宗の信任も厚い江戸町奉行大岡越前守忠相。名奉行と名高い越前は密貿易船を追うが、さらに彼を悩ます怪人が現れた……。絶対的に面白い、吉川英治初期時代伝奇作品、復刊第二弾!

江戸城心中 (角川文庫)

江戸城心中 (角川文庫)

 

 ※今年はクラブ員以外の文庫もご紹介しています

小杉健治さん新刊

新刊案内

藩財政改革の立役者と筆頭家老の対立が続く芸州藩の御家騒動に風神一族が関与しているとの報を受けた佐原市松。唯一の手掛かりとなる「才蔵」とは風神一族の暗号か? 謎を追うべく国元に潜入した上役の松原源四郎は長らく音信不通。芸州浅見家の家臣だと明かされた長屋の隣人・成瀬三之助とともに疑惑の住人の追跡を進めるうち、事態は予想外の展開を迎え……。隠密同心・市松の活躍を描く、手に汗握るシリーズ第三弾!

隠密同心(三) 裏切りの剣 (角川文庫)

隠密同心(三) 裏切りの剣 (角川文庫)

 

 

平穏な日はなく、異形の凶刃が、栄次郎を狙う!
侍同士の闇仕合だけではなかった。別の系路による謎の斬死体が連続して発見されたのだ。
探索に苦慮する八丁堀と栄次郎……。

御徒目付である兄・矢内栄之進は、田宮流抜刀術の達人栄次郎に、いつになく厳しく言った。"闇仕合は全て解決したわけではない。
一人で外を出歩くのはひかえよ"と。そんなある日、栄次郎が三味線と長唄を習う杵屋吉右衛門の門下で将来を嘱望されていた、おりくという美人の訪問を受けた。
それが、謎の斬殺体発見が続く"闇仕合の新たなる展開"と重なり栄次郎は苦悩する。

 

闇仕合(下) 栄次郎江戸暦17 (二見時代小説文庫)

闇仕合(下) 栄次郎江戸暦17 (二見時代小説文庫)

 

 ※今年はクラブ員以外の文庫もご紹介しています。

喜安幸夫さん新刊

新刊案内

江戸で噂の女童幽霊! 噂の震源の大店質屋に、備前長舩派の名刀が…。
北町の凄腕筆頭同心が引退、女鍼師の見習い兼用心棒に。
妖かし騒動探索中の右善を、街頭で家宝の名刀を盗られたと、旗本が訪れて……。

元北町奉行所の筆頭同心・児島右善は、神田明神下の鍼灸療治処の離れに隠居の身を置き、美人鍼師で人気の竜尾の弟子兼用心棒となっている。
江戸では今、養女多恵の祟りに見舞われたと噂の大店質屋に不幸が続き、女童幽霊も目撃され……。
そんな折、右善を旗本の用人が訪れ、家宝の名刀「備前長舩派」が路上で何者かに盗まれたが探してほしいと言うのだ。

妖かしの娘 隠居右善 江戸を走る2 (二見時代小説文庫)

妖かしの娘 隠居右善 江戸を走る2 (二見時代小説文庫)

 

 

北方謙三さん新刊

新刊案内

金軍総帥・兀朮が梁山泊の北に展開すると同時に、撻懶の軍も南進を始めた。戦いの幕がついに切って落とされた。呼延凌率いる梁山泊軍との全面対決となる激突だった。史進の遊撃隊の奇襲により、大打撃を蒙った金軍は後退し、戦いは収束。梁山泊は若い宣凱を単身金に差し向け、講和の交渉に入った。一方、岳飛は来るべき戦いに向け準備を開始する。それぞれの思惑が交錯し、血の気配漂う第三巻。

 

岳飛伝 3 嘶鳴の章 (集英社文庫)

岳飛伝 3 嘶鳴の章 (集英社文庫)

 

 ※今年はクラブ員以外の文庫もご紹介しています。