歴史時代作家クラブ公式ブログ

現在活躍中の歴史時代作家が多数所属する文学団体です。時代文庫活性化を目指し、各社から出ている時代小説文庫等の紹介もします。初めにこちらをお読みください。→http://rekishijidaisakkaclub.hatenablog.com/entry/2014/08/01/105546

文芸評論家日乗 本日の夕食(4)

文芸評論家日乗 本日の夕食(4) 末国善己

 このところ何回か冷やし中華を作っているのですが、どうしてもタレが納得の味にならないので再び挑戦してみました。

 まずチャーシューというか、煮豚を作ります。豚バラブロック(250グラム)を脂身の部分を下にして鍋に入れます。弱火にして油を出し、それが鍋になじんだら強火にして、すべての面に焼き色をつけます。水400CCと酒適量、長ネギの青い部分を入れ、しばらく煮ます。今回はアクがまったく出なかったので、そのまま味つけしました。冷やし中華といえば錦糸卵ですが、面倒なので味付け玉子にしようと思い、煮豚の鍋で一緒に作ることにしました。ゆで玉子を入れ、砂糖(大さじ1弱)、醤油(大さじ5)、みりん(大さじ1)を入れます。冷やし中華の具は、若干、濃いめの味付けがよかったので、今回も普段、煮豚を作る時より醤油の量を増やしています。調味料を入れたら1時間ほど煮ます。味をしみこませるためには冷やすといいのですが、今回は時間がなかったので、大きなボールに水と氷を入れ、それに鍋をつけて冷やす荒技を使いました。十分に熱が取れたら、豚バラブロックを薄切りにして煮豚は完成です。

 豚を煮ている間に、キュウリ(1本)を千切りにし、冷蔵庫にかいわれ大根とブロッコーリースプラウトがあったので、それも適当な分量切っておきます。

 問題はタレで、これまでは麺にかける前の味見ではよかったのに、実際に食べたらパンチが足りない感じでした。そのため今回は、酢を増やし、砂糖を減らしてみました。豚の煮汁(150cc)に酢(大さじ4)、さらに柚子胡椒も少々加えてみました。煮汁もタレに使うことを考えて、砂糖の量を減らしておきました。ボールの中で材料を混ぜたら、冷蔵庫で冷やします。そうすると表面に油が浮き白く固まるので、それを取り除きます。ただ、油はうま味でもあるので、完全に取り除くか、適当に残しておくかは好みです。今回は8割くらい取りました。麺にかける前に、辣油を数滴たらして完成です。

 麺は一人前を二人でシェアしているので、写真では具材ばかりに見えます。これまでで一番、美味しくできましたが、まだ何かが足りない。調味料の分量ではなく、何か香辛料を加えた方がいいのか。試行錯誤はまだ続きます。

f:id:rekishijidaisakkaclub:20180717083544j:plain

大河ドラマウォッチ「西郷どん」第26回

大河ドラマウォッチ「西郷どん」第26回 西郷、京へ
              天堂晋助


 今週も軽くツッコんでいこうと思います。 
 島から帰って来た西郷は、藩主の茂久に京に行くように命じられます。それは大久保が茂久に願っていたことでした。
 西郷は京へ行く前に西郷家に行きます。家は小さな借家に引っ越していました。家を売らなかったら、皆飢えて死んでいたとのこと。そこに大山たちがやってきて酒で祝ってくれます。
 西郷は京で薩摩が嫌われていると聞きます。帝を京から連れ去ろうとした長州を、薩摩と会津が追い返したのです。それ以来、長州と薩摩の仲は悪化していたのでした。
 このころ、京では「参預会議」という試みが行われていました。朝廷、幕府、有力諸藩が話し合い、合議によって、政治を行おうというのです。
 しかし慶喜と久光は対立。慶喜はまたしても久光をイモ呼ばわりします。
 西郷は大久保に会いに行きます。大久保は料亭で畳を回していました。大久保は芸をして慶喜の側近らを接待していたのでした。西郷は大久保に、薩摩を救ってくれと頼まれます。
 西郷は久光に目通りします。久光は涙目で怒っています。
「わしは一橋(慶喜)も好かんが、お前はもっと好かん」
 怒りのあまり歯型の付いたキセルを投げつけます。泣くなよ、久光。というか、それだけを言いに、出てきてくれたのか。なかなか大人じゃん、久光。
 料亭で西郷と慶喜はひそかに会います。西郷は慶喜に「久しぶりに江戸前のタンカを聞きました」などと持ち上げてから、また逃げようとしている、と責めます。開国も攘夷も恐ろしい道、そこから逃げようとしているのだといいます。そして慶喜と腹を割って話すのがうれしくて仕方がない、などと言うのです。おい、西郷。人を手玉に取るのもいい加減にしろ。そうして結局、久光と会って話をすることを承知させるのです。西郷はいつの間にこんな芸当を身につけたんだ。
 ところが西郷が久光に会ってみると、久光は薩摩に帰ると言い張ります。慶喜とは何を話しても無理だ、と。そりゃそうだろうよ。あれだけイモイモ言われたんだから。ここで西郷はまた手玉に取るような芸当をするかと思いきや、黙ったまま。人の好き嫌いがありすぎるだろう。もっと大人になれ、西郷。
 そして慶喜の代わりに、慶喜の側近が殺されるという事件が起こります。ビビる慶喜
 慶喜は西郷と会います。慶喜は微笑みを浮かべながら久光に謝りたいというのです。いったいどうやって謝るんだ慶喜
「イモはイモでもサツマイモは王様だよ。甘くてとろけるようなその味。食物繊維が豊富で、ダイエットに最適」
 いや、無理があるだろう。
 西田敏行のナレーションも戦慄しておりました。

書評『がいなもん 松浦武四郎一代』

名『がいなもん 松浦武四郎一代』
著者 河治和香
発売 小学館
発行年月日  2018年6月13日
定価  本体1700円+税

 

がいなもん 松浦武四郎一代

がいなもん 松浦武四郎一代

 

 

 松浦(まつうら)武四郎(たけしろう)(1818~1888)は、幕末から明治にかけて活躍した探検家で、6度にわたり樺太・千島を含む蝦夷地の探査を通じて、膨大かつ詳細な比類なき記録を数多く残した。本書は、「北海道の名付け親」松浦武四郎を主人公とした伝記風の歴史小説である。
 鹿鳴館が落成した明治16年(1883)夏の終わり頃、河鍋(かわなべ)暁(きょう)斎(さい)の娘お豊(とよ)が年老いた武四郎から回想談を聞き取るという筋書きで物語が進行してゆく。
 ふだん、あまり〈北海道〉について語ることのなかった松浦老人が〈北海道〉と自らの人生を突如語りだす。文明開化の明治の世に、松浦老人の愉快で感動的な話を聞いていると、まるで浦島太郎や桃太郎のおとぎ話を聞いているような錯覚に陥るお豊だが、その感覚は読者のそれでもあるだろう。伊勢の方言で、「途方もない」ことを「がいなもん」というそうが、天性の漂民というべき武四郎の生涯はまさに「がいなもん」そのものなのである。

 武四郎は文化15年(1818)、伊勢国一志郡須川村(現・三重県松坂市小野江町)の郷士の家に生まれる。伊勢参宮街道沿いに今も残る生家で、幼いころから行き交う多くの旅人を見て育った武四郎は旅への強い憧れを抱くようになったのだろう。16歳で江戸に出たのを皮切りに、若い頃から諸国をくまなく歩き廻るべく放浪の旅に出ている。26歳で長崎を旅したことが彼の一生を決める。赤蝦夷(ロシア)の船が蝦夷地近海へ頻繁に出没しているという噂を耳にした武四郎は「前人未到の北の大地を探検して、日本の国を守る」と決心する。
 航空機や電車,自動車のないどころか、北海道内陸部の地図もなく、道都札幌が昼なお暗い原生林に覆われた原野の一角のコタン(村落)にすぎない時代に、武四郎は身命を賭して蝦夷地のほとんどを歩き、調査した。武四郎はアイヌの人びとが恵み豊かな大自然の中で巧に生きる姿に心を動かされた。アイヌはシャモ(和人)武四郎をウタリ(同胞)として遇することは叶わなかったが、アイヌの民族文化を理解する武四郎を真のシサム(隣人)として迎え入れたのである。一方、弘化2年(1845)、28歳ではじめて蝦夷地へと渡った時点で、すでに武四郎は和人の収奪と酷使によるアイヌの悲惨な実情をつぶさに感知し、深く憂いている。
 江戸時代に蝦夷地を領地とした松前藩が北方の脅威に対して無策のまま、場所請負制度のもと、アイヌを酷使し暴利をむさぼっている現状を克明に記録した『近世蝦夷人物誌』は出版が許可されず,武四郎の存命中に公表されることはなかった。武四郎は松前藩への批判を容赦なくおこなったことから,当然、内情を暴露されることを恐れた松前藩から刺客を差し向けられ命を狙われ,調査の妨害を受けだが、場所請負制度を廃止すべきことを一貫して訴え続けた。武四郎のその姿勢と邪心のなさ、冷めることのない情熱には驚くべきものがある。
 アイヌの人々を「まつろわぬ民」として見下すのではなく、対等の人間と見ていた武四郎が目指していた北海道は,心優しく有徳のアイヌ民族が安心して暮らすことができる大地であることであった。
 いつも真っ白な犬を連れている〈ソン〉という一人の少年と武四郎の出会いと別れが一つの挿話として語られている。アイヌ受難の歴史を一身に背負ったソンの生きざまを辿ったこのサイドストーリーは時代小説としての本書を魅力溢れるものにしている。
 アイヌと和人の混血児は〈チポエップ〉といわれた。アイヌ語で「混ぜ煮」の意である。ソンの母親は和人の地役人の妾にされて、〈チポエップ〉たるソンを産み落とすや行方知れずとなり、一家は崩壊。救わねばと思いつつ、何もできない武四郎ができたことは、ソンという少年、実は少女だったのだが、を身の回りの世話係として雇うくらいのことだった。箱館での別れが二人を引き離す。ソンの消息をたえず気にする武四郎。武四郎の命の安全をはかるソン。維新後、それも武四郎が死んだ直後、ソンはわざわざ東京までやって来る。武四郎が健在ならば、どんなに喜んだことかと涙ぐむお豊……。
 ひとかどの蝦夷通となった武四郎は一介の探検家にとどまらず、志士でもあった。激動の時代の渦中にあって、日本を夷狄から守ろうという攘夷論者たちの活動に巻き込まれていく。武四郎が幕末維新の修羅場をすり抜け生きのびることができたのは、彼が常に「本来の探検家として生きよう」と心掛けていたからだと作家河治は観ている。

 明治2(1869)年7月,武四郎は「蝦夷地」にかわる新たな名称,国名(現在の支庁名に相当)、 郡名とその境界の撰定に関する案をまとめ、政府へ提出する。道名案の一つが「北加伊道」であった。最終的に「加伊」は「海」と改められ、「北海道」と命名された。蝦夷地はアイヌの人々と自然が育てた大地であり、アイヌの人たちが自らの国を「カイ」と呼ぶことを知っていた武四郎はその思いを込めて「北海道」としたのである。地名はその土地の歴史であり、文化であることを知る武四郎こそはまさに「北海道の名づけ親」と言われるにふさわしい。
 明治3年(1870)に北海道の開拓の方針を巡って、武四郎は開拓判官(局長級)の職を辞し、従五位の官位を返上。以後、武四郎は自ら名付けた〈北海道〉に、二度と足を踏み入れなかった
 蝦夷地の開拓も大事だが、アイヌの救済こそ最優先の課題であると考える武四郎の心中には、蝦夷地開拓を邁進するだけの明治政府のアイヌ民族に対する政策への反発とともに,アイヌの人びとを守るために力を尽くしたが果たせなかった慙愧の念が鬱積していたことだろう。「武四郎にはアイヌという民族は滅んでしまうという危機感があったのではないか」と作家河治は観ている。
 鹿鳴館の設計者であるジョサイア ・コンドルが「お雇い外国人」に「暁英」という雅号を与えたのは河鍋暁斎である。一(いち)勇(ゆう)斎(さい)歌川(うたがわ)国(くに)芳(よし)の元で浮世絵の技法を学んだこともある暁斎は師匠の国芳ゆずりであろう、反骨精神の持ち主で、多くの戯画や風刺画を残しているが、明治政府の極端な欧化政策を皮肉って投獄されたこともある天衣無縫の絵師であった。
 武四郎は64歳のときに、この暁斎に、「武四郎涅槃図」を描かせている。
 暁斎の娘のお豊は、「暁(きょう)翠(すい)」の名を持つことになる女流画家である。

 作家河治和香にはシリーズ『国芳一門浮世絵草紙』全5冊(小学館)がある。評者には国芳の娘・登鯉と〈お豊ちゃん〉のオキャンな立ち振る舞いがダブって見えて仕方なかった。「めぇは松浦先生の気に入りだ」という暁斎と肯くお豊。
 暁斎父娘と武四郎のユーモラスな交友を介して、幕末から黎明期の明治日本を語らせるという手法をとっているのは、実に見事な構想といえる。
 武四郎の諸国放浪を経済的に支え生涯を通じての支援者であった川喜田崎之助は幼馴染みだが、生涯の友というべき水戸藩士の加藤木賞三、箱館で出会った頼三樹三郎、黒船来航時の吉田松陰ら幕末の志士たちとの交流も活写されている。龍馬、海舟、西郷も登場し、「勝海舟日本海軍創設神話」のウソにも触れ、海舟を批判しつつ、「人は、自分に都合のいいことしか書き残さない。歴史というのは、そうした記憶が重なりあってできた蜃気楼のようなものだ」と武四郎に語らせている。
「江戸から東京へ」。政治史は遠慮会釈もなく明確すぎるほどの線引きをするが、あの時代を生きた人々は政治史的な区分とは無関係に、みな鬱屈した歴史を自分の背骨に刻んで生き抜いた。明治初年の景色のなかに、愛すべき人々がよみがえる。あの時代と人を描かせて、河治和香ほどふさわしい書き手はいない。「北海道150年」の記念すべき年である今年に、松浦武四郎はもちろん、幕末から明治を生きた人々を描いた豊穣な一冊に巡り合えたことは何より嬉しい。
 (平成30年7月10日 雨宮由希夫 記) 

文芸評論家日乗 本日の夕食(3)

文芸評論家日乗 本日の夕食(3)

 『マツコの知らない世界』でやっていた「たらこパスタの世界」(2018年6月5日O.A.)を見てから、ずっと気になっていた、たらこパスタを作ってみました。
 パスタ150グラムを、たっぷりのお湯に塩を入れて茹でます。その間に、たらこ(1腹)の薄皮を取ってボールに移しオリーブオイル少々を入れて混ぜ、さらにバターひとかけらを入れます。大葉(3枚)を千切りにして水にさらし、長ねぎ少々をみじん切りにしておきます。パスタが茹で上がる直前に、ゆで汁をボールに入れます。パスタが茹で上がったら、ボールに入れてよくからめます。皿にパスタを盛り付け、その上に大葉、長ネギを乗せたら完成です。

 アボカドが一つ冷蔵庫に入っていたので、たらこと一緒に買ったゆでだこでサラダを作ってみました。アボカド(1個)、ゆでだこの足(1本)、プチトマト(8個)を一口大に切ってボールに入れ、レモン汁少々をかけてから軽く混ぜます。それを皿に移して、ごま油、酢、醤油(すべて大さじ1)、おろしわさび適量を混ぜたドレッシングをかけて完成です。

 『マツコの知らない世界』で、たらこパスタは素人が適当に作っても美味しくなるといっていましたが、まさにそんな感じでした。ボールに醤油をたらして、バター醤油風にするともっと美味しかったかも。残ったたらこを1腹、冷凍にしたので、今度はクリーム系のたらこパスタを作ってみようかと思っています(実は、クリーム系のたらこパスタは作ったことがない)。

f:id:rekishijidaisakkaclub:20180709091022j:plain

大河ドラマウォッチ「西郷どん」SP

大河ドラマウォッチ「西郷どん」

西郷どんスペシャル   会員:天堂晋助


 今週も軽くツッコんでいこうと思います。 
 とはいうものの、今回は本編ではなく、番宣番組です。これからの見せ場をちょいちょいと紹介して、「これから面白くなりますよ」というわけです。
 それならほかの時間にやれよ。なんで本編の時間に番宣すんの、NHK
 これから西郷とかかわる四人の人物、坂本龍馬勝海舟岩倉具視桂小五郎の紹介をするわけですが、スタジオのゲストが突っ込み切れないのです。ジャニーズや乃木坂に意見を求めるって、酷すぎるだろう。フットボールアワーの後藤もさばききれない様子でした。
 もしかして若者の共感を得ようとしてジャニーズや乃木坂を出したのでしょうか。もしそうならば、その意図は完全に失敗しました。
 お笑い枠としての近藤春奈や厚切りジェイソンも苦戦。いや、これは酷だって。放送作家は、各自の見せ場を作ってやるべきだったと思います。「角野卓造じゃねえよ」「ホワイ・ジャパニーズピープル」。結構乗せやすいでしょ、歴史ドラマなんだから。
 こんなことなら全く歴史に興味のなさそうなヒロミやケンドーコバヤシあたりを出した方がよかったんじゃないでしょうか。パワーで乗り切ったかも。
 いや、むしろ「チコちゃんに叱られる」とコラボして、無知なジャニーズと乃木坂を、「ボーっと生きてんじゃねえよ」と叱りまくってほしかったです。

                         

文芸評論家日乗 本日の夕食(2)

文芸評論家日乗 本日の夕食(2)

 

 日曜なのに仕事だった妻をねぎらうため何か作ろうと思っていたら、近所のスーパーがブランド牛の3割引セールをやっていたので、ちょっと奮発して贅沢なシチューを作ってみました。


 材料は、牛すね肉(250グラム)、じゃがいも(小2個)、にんじん(小1本)、玉ねぎ(1個)。玉ねぎ半分を粗みじんにして、オリーブオイル少々とバターひとかけらを入れた鍋で飴色になるまで炒めます。そこに牛肉を入れて塩・胡椒し、表面に焼き色がつくまで炒め、さらに乱切りにしたにんじん、四等分したじゃがいも、1センチくらいにスライスした残りの玉ねぎの順に入れて炒めます。材料に火が通ったら、350mlのビールを1本入れ、赤ワイン(50cc)を加えます。消費期限が切れたビールが何本かあるので、最近は煮込み料理によくそのビールを使っています。沸騰したら、アクをとります。初めてビールを使った時は、アクなのか、ビールの泡なのか区別がつきませんでしたが、最近は慣れました。アクが出なくなったら、コンソメスープの素とローリエ(2枚)を入れて1時間くらい煮ます。それから市販のビーフシチューのルーを1/4ほど入れ(我が家では、ルー約40グラム、水400ccで2人分にしています。今回は約160グラム入りのルーだったので1/4となりました)、ルーが完全に溶けてから15分ほど煮ます。それから火を止めて冷まし、食べる直前に再加熱して完成です。

 

 シチューは、いい牛肉を使い、珍しく飴色玉ねぎも作ったので思った以上に贅沢な仕上がりでした。サラダは作り置きしていた玉ねぎのマリネ、柚子胡椒を入れたポン酢とあえたキャベツです。玉ねぎのマリネは、玉ねぎをオリーブオイル(大さじ1)、白ワインビネガー(大さじ2)、砂糖(小さじ1/4)、粒マスタード(小さじ1)、胡椒少々のマリネ液に漬け込みました。新玉ねぎだったので甘さを考慮して砂糖の量を減らしたのですが、それでも甘かったので、砂糖は入れなくてもよかった感じです。

f:id:rekishijidaisakkaclub:20180704084707j:plain

第七回歴史時代作家クラブ賞発表!

 平素は当歴史時代作家クラブに多大のご支援ご協力をたまわり、厚く御礼申し上げます。歴史時代文学の発展と新しい才能の発掘をめざして当クラブが創設した「歴史時代作家クラブ賞も、今年で7回目を迎えます。
 去る6月27日、選考委員ならびに関係者一同集まり、厳正に審査致しました結果、次のように決定致しました。

第7回歴史時代作家クラブ賞

新人賞
武川 佑『虎の牙』講談社

虎の牙

虎の牙

 

 【他の候補作】
泉ゆたか『お師匠さま、整いました講談社
佐藤巖太郎『会津執権の栄誉文藝春秋
谷 治宇『さなとりょう太田出版

 

文庫書き下ろし新人賞
今村翔吾『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』祥伝社文庫

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫)

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫)

 

【他の候補作】
三好昌子縁見屋の娘 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)宝島社文庫
さとみ桜『明治あやかし新聞 三 怠惰な記者の裏稼業 (メディアワークス文庫)KADOKAWAメディアワークス文庫

 

シリーズ賞
千野隆司『おれは一万石』双葉文庫/『長谷川平蔵人足寄場』小学館文庫各シリーズ

おれは一万石 (双葉文庫)

おれは一万石 (双葉文庫)

 

  

長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬 (小学館文庫)

長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬 (小学館文庫)

 

 

中島 要『着物始末暦』シリーズ・角川春樹事務所・時代小説文庫

しのぶ梅 着物始末暦 (時代小説文庫)

しのぶ梅 着物始末暦 (時代小説文庫)

 

 
作品賞
浮穴みみ『鳳凰の船』双葉社

鳳凰の船

鳳凰の船

 

 谷津矢車『おもちゃ絵芳藤』文藝春秋

おもちゃ絵芳藤

おもちゃ絵芳藤

 

【他の候補作】
天野純希『燕雀の夢KADOKAWA
武内 涼『駒姫: 三条河原異聞』新潮社
簑輪 諒『最低の軍師 (祥伝社文庫)祥伝社文庫


特別功労賞
林真理子『西郷どん!KADOKAWA

西郷どん! 上製版 後編

西郷どん! 上製版 後編

 

 
選考委員
三田誠広(選考委員長)
菊池 仁  細谷正充  雨宮由希夫  森川雅美  加藤 淳

立会い人
大谷羊太郎(顧問) 塚本靑史(監査) 響由布子(事務局)

 

 以上でございますが、「第7回歴史時代作家クラブ賞授賞式ならびに懇親会」を7月25日(水)午後6時より、東京神楽坂の日本出版クラブ会館にて開催いたします。追ってご連絡させていただきます。
 尚、当クラブの文学賞は賞状授与による顕彰のみで、賞金および賞品はございません。
 よろしくお願い致します。