歴史時代作家クラブ公式ブログ

現在活躍中の歴史時代作家が多数所属する文学団体です。時代文庫活性化を目指し、各社から出ている時代小説文庫等の紹介もします。初めにこちらをお読みください。→http://rekishijidaisakkaclub.hatenablog.com/entry/2014/08/01/105546

書評『大富豪同心 お犬大明神』

書名『大富豪同心 お犬大明神』
著者 幡 大介
発売 双葉社
発行年月日  2017年6月18日 
定価  ¥611E

お犬大明神-大富豪同心(21) (双葉文庫)

お犬大明神-大富豪同心(21) (双葉文庫)

 

 

「捕物もの」時代小説の主人公として、八巻卯之吉ほど不可思議なキャラクターはないであろう。
 先ず、その出自。卯之吉の祖父・三国屋徳右衛門は江戸一番の悪徳高利貸しで、筆頭老中の本多出雲守と幕政をも左右するほどの豪商である。ゆえに金に困る貧乏同心ではないゆえに、「大富豪同心」なのである。
 卯之吉は時代小説にしばしば登場するヒーロー的な同心でもなければ、自らの意志と正義を敢然と貫く同心でもない。「南の辣腕同心」の呼び声が高いが、まずもって本人に同心の自覚がない。放蕩遊びの延長で南町の同心を努めているにすぎない。にもかかわらず、いつもの勘違いが発生して、難事件を解決し(難事件が解決され)、生神様のように崇め奉られる。シリーズ累計60万部を突破したとのことだが、読者はそこがたまらなく面白いのだろう。

 第21弾となる本書では、どのような活躍(勘違い)をみせてくれるのであろうか。
 生類憐みの令の時代が背景ではないが、この度、卯之吉は“お犬掛同心”を自称し、市中を見廻わる。上様の御愛妾・お静の方が宿下がりの折、上様御寵愛の飼い犬をどこかへ逃がしてしまう。一方で、「将軍様の犬」を盗まんと策す悪党二人がいる。このとりとめのない二つの事件がどうつながるかと思いきや、これに幕閣の熾烈な権力闘争が浮き上がってくる。おなじみ、筆頭老中・本多出雲守VS若年寄・酒井信濃守の暗闘である。酒井一派は卯之吉を本多の懐刀にして隠密廻同心とみなしているところから大いなる誤解と共にストーリーが展開する。このおかしさは何だ。
 卯之吉の周囲は皆一風変わった者ばかりだが、彼らとは事件を経るごとにかねてからの腐れ縁とも呼びたい仲になっていくのには奇妙な味わいがある。

 腐れ縁の代表的登場人物は大物侠客・荒海ノ三右衛門である。卯之吉があげた手柄の数々は博徒集団荒海一家の働きがあってこそだが、卯之吉が「南北町奉行所一の怠け者」であることを知らずに、その卯之吉の手下を自任し、卯之吉最良の庇護者となっていくところは何やら微笑ましい。
 美鈴という女がいる。常に卯之吉の身の回りの世話をしている奇妙な同居人だが、卯之吉の思い人というわけでもない。ふたりの”恋”がどうなるか。ますます愉しみなのである。

 幡大介は1968年栃木県生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒の作家という変わり種(同窓の作家に村上龍がいる)で、2008年デビューの要注目作家である。抱腹絶倒、軽快な魅力が堪能できる本シリーズ以外に、徳間文庫で刊行中の『真田合戦記』を見よ。ただ者でない。汲めども尽きないのが泉なら、読めども尽きないのが幡大介である。
          (平成29年6月13日 雨宮由希夫 記)

書評『龍が哭く』

書名 『龍が哭く』
著者名 秋山香乃
発売  PHP研究所
発行年月日  2017年6月1日
定価  ¥2100E

龍が哭(な)く

龍が哭(な)く

 

 
 悲運の傑物・河井継之助を描いた司馬遼太郎の『峠』は1966年11月から68年5月までの約1年半、「毎日新聞」に連載された。あれからほぼ半世紀、同じく河井継之助を秋山香乃が『龍が哭く』として描きつくした。本作は2015年2月から本年3月までの2年にわたり、「新潟日報」他10紙に連載された。

 司馬は「侍とは何か」ということを考えてみたいために『峠』を書いたと述べているが、秋山は本書で何を語ろうとしているのか興味を持ってページを括った。
 生きていた時代でさえ、河井の人物評価は割れていたという。河井の死後、その墓碑は何者かによって打ち砕かれたこともあったという。

 河井継之助(1827~1868)は長岡藩筆頭家老で、戊辰戦争(北越戦争)でわずか7万4千石の小藩・長岡藩を「一藩中立の道」に導こうとするが、新政府軍との談判で受け入れられず、結局、奥羽列藩同盟への加盟を決め、新政府軍と戦うことになり、揚句、長岡は焦土になる。
 今日、長岡駅を降り立つと、そこは徳川譜代の名門牧野氏の居城長岡城本丸跡であると知る。つまり、明治政府は城跡に駅を敷設させたため、長岡城の遺構は失われ影も形もない。
 継之助は何も得るところもない戦いに、長岡藩士のすべてを投入して敗れ、長岡は壊滅的な打撃を蒙り、おまけに継之助本人は中途戦死して、後世への功績などというものはあとかたもない、思想と行動の矛盾した人物とみる皮相な見方もあろう。

 等身大の継之助を描きたい、と言う秋山は、「これまでにない難しい時代がやってくる。長岡の士なら牧野家に仕えることだ。だから俺は長岡を守る。それは俺が士だからだ」と覚悟し、長岡藩を富ますべく、松山藩儒学者山田方谷の下、藩政改革の極意を学ぶ継之助をまずクローズアップさせる。結果的に継之助は長岡藩を護れず、彼自身も滅んでしまうが。
 戊辰戦争の勃発に際して、継之助が戦そのものを「正当なる理由なき戦いは私闘なり」と看破し、恭順の道と主戦の道を睨みつけ、「恭順の先に待つものは何か。薩長への隷属を強いられた上で、大義なき戦の先鋒にさせられる未来だ。そうまでして生きのびて誇りを持って進めるか」と語るシーンはまさに核心である。
 歴史上の人物を描く際、どの視点から描くか、関係した人物の誰を中心として描くかで、その人物像が変わってくるのは否めない。司馬遼太郎の『峠』が福沢諭吉や福地源一郎という幕臣を継之助の重要な局面で登場させているに対し、本書『龍が哭く』では、仙台藩士の細谷十太夫や会津藩士の秋月悌次郎が大きな役割を果たしている。細谷十太夫は仙台藩の偵察方(隠密)であったが、衝撃隊を組織し、白河から仙台までの戦場を神出鬼没に現れては新政府軍を翻弄し、「からす組」と恐れられた。本書では、とりわけ、十太夫は継之助の盟友として活躍させている。これが作家秋山の創作であるかどうかは知らないが、局地戦としての北越戦争を全体的な東北戊辰戦争の中に位置づけるに寄与している。

 人生には運命の出会いがあれば、運命の別れもある。長崎で出会った上野彦馬(日本における写真術の開祖のひとり)や松本良順(医学所頭取、初代の陸軍軍医総監)、また、出会いこそなかったが小栗上野介忠順や西郷隆盛など、維新前夜の日本のさまざまな人物の輪郭と軌跡が透明感あふれる筆致で描かれている。
「大戯けか、英雄か」夫の真実が知りたいと思う継之助の妻すが子の生きざまや、山田方谷との”師弟愛”が描かれているのも本書の読みどころであるが、河井は常に河井であり続けた継之助がいる。
 そしてなにより、動乱の時代の錯綜した精神の中にあって、「幕府は滅びるなどとしたり顔で申すより、最後の一手まであがき、未来を我らで変えよう」と首尾一貫して天命に挑み続けるべく生きた河井継之助の像がいい。これぞ、等身大の人間像であろう。
 今年度上半期を飾る佳品である。
       (平成29年6月6日)

書評『おもちゃ絵芳藤』

書名 『おもちゃ絵芳藤』
著者名 谷津矢車
発売  文藝春秋
発行年月日 2017年4月20日
定価    1650EN

 

おもちゃ絵芳藤

おもちゃ絵芳藤

 

 
 かつて浮世絵研究家の林美一は「明治維新を境に、殆ど潰滅に瀕した江戸浮世絵師の門派にあって、ひとり国芳のみ今もなお、高弟一魁斎芳年より、水野年方、鏑木清方伊東深水と画系は脈々として現代に至る」と述べたものだが(『艶本研究 國芳』1964年刊)、「武者絵の国芳」で一世を風靡した奇才の絵師・歌川国芳知名度や評価は歌麿写楽北斎・広重の四大絵師に比べると、必ずしも高いとは言えず、国芳が「幕末の奇想の絵師」として注目され、再評価されるようになるのはつい最近、20世紀後半になってからである。
 歌川芳藤って誰? 芳藤の師匠の国芳でさえこのようであったから、芳藤のことを知っている方はよほどの通である。本書は芳藤を主人公として幕末から明治初年までの浮世絵界を描いた歴史時代小説である。
 芳藤には「玩具絵の芳藤」の忌名がある。玩具絵とは子供を客に見込んだもので名前の通り玩具という側面が強い低俗なもので、名のある浮世絵師のなす仕事ではないとみなされた。おのれの描く絵には華がない、つまり人気絵師、一流絵師という名声からは程遠いと己の立ち位置を知る絵師で、才能がないという残酷な現実にたちむかう芳藤が活写されている。

 巨星、国芳墜つ――物語は文久元年(1861)3月5日にはじまる。
 この年、開国騒ぎ、異国人の無斬り捨て騒動、和宮降嫁などの事件があり、国芳の死は一つの時代の終わりを世間に強く意識させたらしいが、弟子にとっては激震と呼ぶにふさわしい変化であった。
 晩年の国芳は「国芳塾を残したい」と言っていたという。国芳塾は日本橋和泉町にあった国芳が開いていた画塾で、国芳門下の絵師は皆、ここで学び巣立っていった。誰一人として受けようとしなかったあの塾を引き受け国芳の二女お吉を巻き込み引き受け、16年頑張り続けてついにクローズまでがストーリーの主線になっている。

 本書には、明治以降、活躍した国芳の弟子たち――歌川芳藤、月岡芳年河鍋暁斎、落合芳幾――が愛憎こもごも魅力たっぷりに登場する。
 幕末の血みどろ絵で名高く、明治期の新聞挿絵の草分け的な存在の月岡芳年は、精神に異常をきたし、病没した(1892)と伝わる。慶応4年の上野戦争で、絵師としての好奇心からあの地獄と見間違うばかりの寛永寺の戦場を駆け巡り、スケッチしたためといわれるが、本書では国芳の長女登(と)鯉(り)に恋い焦がれ、初恋の女の面影を己の絵の世界に引き込む画境にいたるまでの苦悶もつづられる。
 河鍋暁斎(狂斎)は幕末から明治にかけて狂画の名手として鳴らした奇人異才、天性の画家。幼年の頃国芳門下生となりながら国芳一門を離れ狩野派絵師に入門し直したことから「俺は狩野派最後の絵師」の自負を持った絵師だが、もともとは旗本の子弟である。お雇い外国人のコンドルは暁斎の弟子として「暁英」の雅号を持つ。
 落合芳幾(幾次郎)は芳年とともに「悲惨絵」なる絵の一分類を創った絵師だが、天才絵師らしからぬ商売っ気の持主で、明治5年(1872)『東京日日新聞』を創刊した開化人。生活に困窮する兄弟子の芳藤を新聞挿絵の書き手として新聞社への入社を誘う人情家でもある。
 小林清親暁斎の弟子で国芳には孫弟子にあたる。西洋画のような浮世絵である光線画で有名で「最後の浮世絵師」とも言われた。
 絵師は絵師としてしか生きられない。ある者は御一新の混乱に巻き込まれ、ある者は絵師として食い詰めて、一人一人と消えていくのだが、わたしが登場人物の中でもっとも愛したいのは歌川芳(よし)艶(つや)である。
 芳藤の兄弟子の中でも出世頭の芳艶はやくざ者とつるむ。申し開きもさせずに国芳は離縁状を送る。国芳の死後、絵に描いたように落ちぶれて塾に戻ってきた芳艶を「にいさん」と呼んで迎える。「華がないなあ、お前の絵は」と芳艶。
 死期を悟った芳艶は「お前は俺のようになるなよ、一生書き続けろよ。最後の最後まで絵師でいさせてくんな」とも。この「にいさん」という言葉の響きが何とも言えない。
 
 芳藤の恋女房お清。これがまた泣けるほどのいい女。世間で全く認められていない旦那の仕事を「わたしはあんたの絵が好きだよ」と褒めてくれる女房で、貧乏生活をものともしない。お清と芳艶の二人に逢えただけでも、読者は本書を読んだ甲斐があろう。
「江戸から東京へ」。政治史は遠慮会釈もなく明確すぎるほどの線引きをするが、谷津矢車の描く歴史時代小説をひもとくと、あの時代を生きた芳藤は「名門歌川国芳一門の芳藤」の矜持を持ち、政治史的な区分とは無関係に生ある限りの生を生き抜いたことがわかる。
「この世はあの世までの旅みたいなもの」とのフレーズにしめされる若い作家の死生観にも震える。今年度上半期の収穫のひとつである。

(平成29年6月5日  雨宮由希夫 記)

書評『千両絵図さわぎ』植松三十里

書 名  『千両絵図さわぎ』
著者名   植松三十里
発 売   中央公論新社
発行年月日 2017年5月25日
定 価   ¥740E

 

千両絵図さわぎ (中公文庫)

千両絵図さわぎ (中公文庫)

 

 

朝鮮通信使」は江戸幕府の将軍の代替わりなどに際し、通算12回に及び朝鮮国王から派遣された祝賀使節である。本書は10代将軍家治の襲封祝として宝暦14年(1764)に実施された第11回の朝鮮通信使の史実を背景とした歴史時代小説である。

 通信使の行列――使者の似顔、名前、乗り物の形などを正確に描いた絵図(木版画)は幕府の公認を得た書店のみが版権を勝ち取り製作販売できた。江戸の人々はその絵図と見比べながら、華々しい通信使の行列を観ることを楽しみにしたという。
 日本橋の版元「荒唐堂書店」の三兄弟――利輔、市之丞、研三郎が主人公。兄弟たちの父鈴木利左右衛門は、前回すなわち寛延元年(1748)の9代家重襲封祝の第10回通信使の際には、ライバルの版元貞享堂との競り合いに後れを取り版権を獲得し損ね、無念の涙を呑んだ。

 物語のスタートは三兄弟が亡き父の悲願を叶えようと誓う通夜のシーン。
 荒唐堂を引き継いだ長男で25歳の利輔は幕府の公認を得て絵図を売りまくるべく「千両の献金」「絵師探し」から奔走する。次男の市之丞23歳は父の深謀遠慮で貧乏旗本草柳家に養子に入り侍となり、通信使応接掛の林大学頭に仕えるが、「町方の出ゆえ」、江戸の豪商たちから金を集めるよう命じられる。末っ子で三男の研三郎は15歳、器用であるがゆえに何をやっても長続きせずやりたいことが見つからないが、やがて専属の絵師となる怪しげな坊主妙見と出会う。三兄弟は父親の遺志を継ぐという点では一致するが、お福、お絹、お寿々というそれぞれの伴侶で構成された家族ならではの愛憎と確執などがからんで、三人三様で迷走し、数々の騒動が生じるさまは目が離せない。果たして、唐人行列を描いた絵図の独占販売という夢は叶うのか。冒頭からこの小説の面白さは半端ではない。一気読みさせられた。

 朝鮮通信使の歴史は室町時代に遡り、その影は現代にまで尾を引いている。単に使節の交換といった問題にとめおかれない複雑かつ膨大な意義がある。本小説の背景に着目すれば、田沼意次松平定信の政治姿勢、戦国末期、江戸初期に目を転ずれば、秀吉の朝鮮出兵、豊臣徳川の政権交代など、それらの歴史的背景を入念に読み込み、仕込んで、政治的で「無味乾燥」な事件になりがちな朝鮮通信使の史実を、江戸中期の江戸の出版人とその家族の血の通った物語として甦らせたのである。
 痺れるほどに感動的な“朝鮮通信使秘話”である本作は素晴らしく完成度の高い歴史時代小説である。

 蛇足ながら、本題は文庫化に際して改題されたが、単行本刊行時の『唐人さんがやってくる』の原題の方がふさわしいように思う。

                (平成29年6月3日  雨宮由希夫 記)
 

 

第6回歴史時代作家クラブ賞決定のお知らせ

第6回歴史時代作家クラブ賞決定のお知らせ

拝啓。

 緑眩しい薫風の候、皆々様にはますますご清祥のことと、お慶び申し上げます。平素は当歴史時代作家クラブに多大のご支援ご協力をたまわり、厚く御礼申し上げます。
 さて、歴史時代文学の発展と新しい才能の発掘をめざして当クラブが創設した「歴史時代作家クラブ賞」も、今年で6回目を迎えます。去る5月12日、選考委員ならびに関係者一同集まり、厳正に審査した結果、次のように決定致しました。

  • 新人賞

経塚丸雄『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』双葉文庫
坂井希久子『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』ハルキ文庫

[新人賞候補作]
木村忠啓『慶応三年の水練侍』朝日新聞出版
橘 沙羅『横濱つんてんらいら』角川春樹事務所
有馬美季子『縄のれん福寿 細腕お園美味草紙』祥伝社文庫
経塚丸雄『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』双葉文庫
坂井希久子『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』ハルキ文庫
西本雄治『やっとうの神と新米剣客』招き猫文庫

  • シリーズ賞

早見 俊「居眠り同心 影御用」二見時代小説文庫/「佃島用心棒日誌」

     角川文庫両シリーズ
篠 綾子「更紗屋おりん雛形帖」シリーズ・文春文庫

  • 作品賞

荒山 徹『白村江』PHP研究所

[作品賞候補作]
荒山 徹 『白村江』PHP研究所
門井慶喜『家康、江戸を建てる』祥伝社
木下昌輝『戦国24時 さいごの刻』光文社
熊谷敬太郎『吼えよ 江戸象』NHK出版
好村兼一『いのち買うてくれ』徳間書店

 

  • 特別功労賞

北方謙三「大水滸伝」シリーズ集英社 前人未到の全51巻完結

 

選考委員
三田誠広(選考委員長)/菊池 仁/細谷正充/雨宮由希夫/森川雅美/加藤 淳

立会幹事
岳 真也(代表)/大谷羊太郎(顧問)/大久保智弘(監事)

 

※第6回歴史時代作家クラブ賞授賞式&懇親会は6月15日(木)午後6時より、東京神楽坂の日本出版クラブ会館にて開催いたします。追ってご連絡させていただきます。
 尚、当クラブの文学賞は賞状授与による顕彰のみで、賞金および賞品はございません。
 以上よろしくお願いいたします。
敬具
2017年5月17日


         歴史時代作家クラブ
         文学賞選考委員長     三田誠広
         代表幹事         岳 真也

 

書評【雪つもりし朝 二・二六の人々】

書 名『雪つもりし朝 二・二六の人々』            

著 者   植松三十里

発行所   角川書店

発行年月日 2017年2月4日

定 価    各 ¥1500E

 

雪つもりし朝 二・二六の人々

雪つもりし朝 二・二六の人々

 

 

書 名『雪つもりし朝 二・二六の人々』            

著 者   植松三十里

発行所   角川書店

発行年月日 2017年2月4日

定 価    各 ¥1500E

 

昭和9年(1934)3月1日の満州国の成立から2年後の、昭和11年(1936)2月26日未明、大雪の朝、二・二六事件が起こる。陸軍第一師団管下の歩兵第一、第三連隊を主力とする約1500人の部隊が蹶起し、政府要人を襲撃し4日間にわたり永田町一帯を占拠した未曽有のクーデター未遂事件である。

昭和維新」を掲げて蹶起した皇道派将校たちの主張は庶民の貧困は財閥が利潤を独占しているせいであり、庶民が貧困から抜け出すためには、中国大陸の利潤を握るのが最有効で、まず「君側の奸」を排除し、天皇に権力を集中させて、軍事力を強化すべし、というものであった。

二・二六事件には、皇道派の軍上層部がどの程度事件に関与したかなどいまもって解明されない謎もある。

二・二六事件巻き込まれた5人の主人公を時と場所を変えて描いた本作は「小説 野性時代」の2016年5月号から、今年の1月号までに、隔月で連載された。幕末明治を主として歴史の真実に迫る数々の歴史小説を書いている植松三十里が二・二六事件をいかに描くのか興味をもって本書を紐解いた。

連作短編5品で構成された物語は一話の短編それ自体として完結しているが、短編が重なるたびに短編相互が重層的に響きあい、事件の全容が明らかになってゆくという手法によって、複雑な事件が理解やすく描かれている。

第一章「身代わり」。岡田啓介二・二六事件時の首相である。岡田は首相官邸で襲撃されたが、義兄たる岡田の窮地を救うために、あえて「身代わり」になって松尾伝蔵が銃殺された。

松尾の妻で岡田の実妹・稔穂は兄の身代わりに命を捨てた夫を誇りに思うと共に、女中部屋の押し入れに隠れて危うく難を逃れたことを非難され、生き恥をさらすとばかりに我が身を苛む兄を励ます。他の章にも描かれる巻き添えになったひとびとを支える家族愛も読みどころである。

第二章「とどめ」。舞台は一転して、二・二六事件から9年後の昭和20年(1945)4月、二・二六事件でからくも助かった岡田啓介が小石川丸山町の鈴木貫太郎宅を訪ね、「何のために俺たちは生きのびたのか?」と鈴木に迫り、鈴木に首相として内閣を率い戦争続行を強行する軍部を押さえて戦いを終わらせるという重大な使命を負う終戦内閣の首相就任を要望するシーンからはじまる。

二・二六事件当日、侍従長兼枢密顧問官の鈴木貫太郎千鳥ヶ淵近くの侍従長官邸で襲撃を受け瀕死の重傷を負ったが、妻タカが身を投げ出してかばったことで「とどめ」をさされず生きのびた。

鈴木の妻タカはかつて幼かった天皇と弟宮(秩父宮)の養育係で、岡田は鈴木夫妻が天皇の信頼があついことを知っていた。

鈴木貫太郎襲撃を指揮したのは歩兵第三連隊第6中隊長(大尉)・安藤輝三であった。安藤は急進派将校の中心的人物の一人だが、最後まで決行を躊躇したといわれる。安藤は鈴木と面識があり、また、安藤は昭和天皇実弟秩父宮とも親しい関係にあった。本章までで二・二六事件の主要な人物が揃い、事件の背景がほぼ俯瞰できる。

第三章「夜汽車」の主人公は秩父宮擁仁親王である。終戦なった昭和20年(1945)の秋、富士のふもとの御殿場に秩父宮鈴木貫太郎・タカ夫妻が見舞うシーンからはじまる。宮は昭和15年(1940)結核になり、御殿場で結核の療養生活を送っていた。

二・二六事件の謎といえば、事件と秩父宮の関係も微妙である。第一師団歩兵第三連隊の中隊長当時、後に二・二六事件の首謀者となる青年将校と付き合いがあったことから、事件の黒幕と噂されていたという。

事件当時、宮は第8師団歩兵第31連隊の大隊長(少佐)として弘前にあった。

事件が起きると、秩父宮弘前から東北本線を避けて、奥羽、羽越、信越上越線経由の遠回りで上京し、参内する。

天皇は重臣の殺害に激怒していた。天皇は終始一貫して反徒鎮圧を言明していたにもかかわらず、陸軍上層部は反乱軍に同情的で、天皇の意思とは別の動きを示し、鎮圧するための意思統一ができず、事態収拾の方針は二転三転している。このような状況の変化を作家は秩父宮の一日をたどることで活写している。宮中での兄の天皇との対話シーンは歴史小説の醍醐味がいかんなく発揮された迫真のシーンである。「もし秩父宮が東京に残っていたら、反乱軍に担ぎ出され、皇弟を後ろ楯にした反乱軍は投降勧告などに応じなかったろう」と作家は淡々と歴史を切り取っている。確かな史眼である。

第四章「富士山」は吉田茂の娘・麻生和子が主人公。事件より15年後の昭和26年(1951)9月。サンフランシスコ講和条約調印を済ませた吉田茂が搭乗しているパンアメリカン航空の機内より、吉田茂の私設秘書として随行した和子が富士山を見つめるシーンからはじまる。  

元内大臣の牧野伸顕は富士のふもとの湯河原の別荘で、別動隊に襲撃され、女装してからくも逃れた。牧野は明治の元勲・大久保利通次男で、和子の母方の祖父に当たる。銃口に身をもって祖父をかばい、家族とともに無防備のまま雪の山中を逃げ惑った二・二六事件の体験から、独立国に防衛力は欠かせないと、和子が父の茂に思いを告げるシーンは刺激的である。戦争の終結から6年も経った後に調印された講和条約日米安保条約とセットされたものであるとともに、日本の国際的位置を現在も規定し続けているからである。

第五章「逆襲」は21年後の昭和32年(1957)2月末、映画『ゴジラ』の監督・本多猪四郎が横須賀の米軍基地を訪れる場面からはじまる。

第一章から第四章までの作品が襲われた側の人々を主人公にしているのに対し、本章は決起部隊、すなわち襲った側の一人の兵士にスポットライトをあてていることが際立つ。

二・二六事件で襲撃に加わった兵士1500名のうち、20名ほどの将校を除く1480名は、クーデター行動を事前に知らされておらず、演習の名のもとにかり出されたともいわれる。彼らはただ上司の命令に服従して出動し、逆賊呼ばわりさせられ、事件後は、中国戦線では最前線のソ満国境に配置されるなど、苦難の道を歩かされた。その意味で巻き込まれた人にちがいない。本多猪四郎もそのひとりであった。

決起部隊の歩兵第一連隊の兵士として、本多が兵舎で待機し続けた二月の4日間を回想することで、作家は事件の背景や経過を含めた全体像を歴史の闇の中から白日の下に浮かびあげている。

二・二六事件の後、皇道派が一掃され、統制派が完全に主導権を握り、政党や自由主義者たちを脅すのに、この事件は使われ、ついにはこの事件を梃子として、軍部独裁のファッショ体制が確立し、日本は雪崩のような軍靴の響きを立てて戦争への道を加速させた。

ひるがえって見るに、83年前の二・二六事件は150年前の明治維新と現代のちょうど中間に位置する。

戦時下最後の首相・鈴木貫太郎慶應3年(1867)佐幕派関宿藩藩士を父として生まれた。幕府の崩壊、幕引きと終戦を重ね、自らを「敗北者の子」としている。また、秩父宮の妻・勢津子には「逆賊の家に生まれ育ったから逆賊となった安藤輝三の心情がわかる」と言わしめている。勢津子の祖父は会津藩松平容保である。幕末明治と昭和史が重なり合うシーンである。

短編本文で、日本の敗北と占領、講和と独立、そして復興という劇的な変転を描き、雑誌連載中にはなかった「序章」と「結章」を加えることによって、二・二六事件を現代に引き寄せながら、憲法改正自衛隊の海外派兵、「普通の国」など現代日本が抱える重い課題を浮かび上がらせている。

読み継がれるべき<昭和もの>歴史小説である。

 

 

                  (平成29316日 雨宮由希夫 記)

 

2月7日発売の新刊

著者コメント:

 「将軍を蹴った男 松平清武江戸奮戦記」の主人公、松平清武は余り知られていないかも知れませんが、実は八代将軍吉宗(こちらは超有名ですが)を紀州から迎えた時の世継では、候補に挙がったひとりです。

 しかし家光の孫で、六代将軍家宣の弟、七代将軍家宣の叔父にあたる清武は、その正統性では吉宗よりも将軍に近かったのですが将軍職に就くことはありませんでした。

 そんな清武と新しく将軍になった吉宗があるときは巷に出て、世を正していくシリーズです。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 ※アマゾンに説明が出たら付け足します

将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫 ほ)

将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫 ほ)

 

 著者コメント:

2月7日にコスミック時代文庫より『将軍の太刀 影裁き請負人』が発売されます。なにとぞよろしくお願いいたします。

 ※アマゾンに説明が出たら付け足します

将軍の太刀―影裁き請負人始末 (コスミック・時代文庫 ふ)

将軍の太刀―影裁き請負人始末 (コスミック・時代文庫 ふ)

 

 

京都・二条で小さな和食器店を営む紫。好きなものに囲まれ静かに暮らす紫の毎日が、20歳近く年上の草木染め職人・光山の出現でがらりと変わる。無邪気で大胆なくせに、強引なことを〝してくれない〟彼に、紫は心を持て余し、らしくない自分に困り果てる。それでも想いは募る一方。ところが、光山には驚くべき過去が――。ほろ苦く、時々甘い、恋の物語。

いろは匂へど (幻冬舎文庫)

いろは匂へど (幻冬舎文庫)

 

 ※今年はクラブ員以外の文庫もご紹介しています。