歴史時代作家クラブ公式ブログ

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書評『満州国演義』

書 名   『満州国演義 9残夢の骸』
著 者   船戸与一
発行所   新潮社
発行年月日 2015年2月20日
定 価     ¥2200E

残夢の骸 満州国演義9 (満州国演義 9)

残夢の骸 満州国演義9 (満州国演義 9)

 

 

 船戸与一畢生の大作『満州国演義』が第9巻『残夢の骸』をもって遂に完結した。第1巻『風の払暁』の刊行は2007年4月であった。「週刊新潮」での連載開始から数えて約10年の歳月を要し、原稿枚数は7,500枚を超えるという。しかも作家は2009年以来、癌との闘病を強いられていた。


満州国演義』は明治・大正から昭和という激動の時代を生きた実在の人物群像を登場させ、満州国の成立から消滅までの実際をあますところなく活写することによって、国家と個人、組織と人間、日本とは何か、日本人とは何かに踏み込んだ歴史小説である。この傑作『満州国演義』の主人公は、しかし、実在の人物群像ではなく、戊辰戦争時に奇兵隊として活躍した長州藩士の祖父をもつ東京府零南坂の敷島家の四兄弟、むろん、創作上の人物である。


 「敷島四兄弟」を主人公とした作家の狙いは、四兄弟による4つの視点、複眼的な視点によって、昭和3年から昭和20年の敗戦に至る激動の昭和史を捉え描くことにある。現代史は歴史小説になじまないといわれるが、作家が選んだ歴史小説の著述の方法は性格も立場もまったく異なった「敷島四兄弟」を造形し、個別的な彼らの行動を追い、時に交叉させながら、それぞれの生き方を時局の中に同時進行的にとらえて「戦争と人間」を描き出すという手法である。


四兄弟のアウトラインは以下のとおりである。 
長男 太郎――東京帝大法学部卒の外交官で満州事変勃発時には、奉天総領事館の参事官であったが、満州国国務院外交部政務処長として敗戦を迎える。
次男 次郎――19歳で日本を飛び出し、馬賊稼業に身を投じた大陸浪人。四兄弟の中で最も愛国心とは縁のなかったが、インパール作戦で囚人部隊を率いての特殊行動を引き受ける。
三男 三郎――陸軍士官学校出の関東軍将校。陸軍機動第2連隊第一中隊長少佐として満州での対ソ戦に備える。ソ連が雪崩を打って満州の原野に殺到する日は近く、いずれは戦わなければならない宿命にあると覚悟する。
四男 四郎――無政府主義を信奉する早稲田文学部の学生だが、魔都と呼ばれる上海へ。満映勤務を経て関東軍特殊情報課第四班の嘱託になった。


 関東軍特務の間垣徳蔵は陰の主人公というべき人物で、小説としての筋書づくりにおいて重要な役割を演じているが、最終巻の本書では、死神のように四兄弟に付きまとう徳蔵の素性がついに明かされる。四兄弟と徳蔵は従兄弟同士であった。第1巻『風の払暁』の冒頭「慶応4年8月」の章に『会津戊辰戦史』が引用された意味が最終巻ではじめて了解される。


 破局の構図はすでに見えている。前巻ではミッドウェイの大敗からインパール作戦へと迷走する大日本帝国が描かれたが、本巻では昭和19年から21年までの国内外の情勢を背景として、「東条英機暗殺計画」の顛末から敗戦による満州国解体および敗戦前後の絶望的な混乱の数々————回天、玉砕、特攻隊、本土決戦、東京大空襲、原爆投下、ポツダム宣言受諾、敗戦の詔勅玉音放送———までが、四兄弟の生き様を通して描いている。

 

 四兄弟の運命やいかに。四兄弟が破顔一笑し一堂に会する日は果たして来るのか、と多くの読者は手に汗握り期待したものだが、インパールの“白骨街道”で飢えと病で死に瀕していた次郎の最期を本巻の冒頭で確認せざるを得ないのは無念である。
 三郎は通化事件に巻き込まれ、無惨な死を遂げる。日本の敗北後、満州の利権をめぐって蔣介石の国民革命軍と毛沢東八路軍が激突するのは不可避で、最初の激突の地が通化であって、多くの日本軍人が通化で繰り広げられた国共内戦の犠牲になった。太郎はシベリアへ抑留され、強制収容所(ラーゲリ)で自殺に追い込まれる。屈辱と忍苦で人間性を日々剥ぎ取り非業の死を強いるのがラーゲリであり、奇しくも同じラーゲリに収容された徳蔵は「人間としての最低の誇りを失うな」と従弟たる太郎を叱咤しつつ、自らをソ連兵の銃口の前に晒し死んでゆく。一番人間らしい生き方をしたのは陰の主人公というべき徳蔵であったと読むべきであろうか。極限状態にこそ人間の本性が明かされるというのが『満州国演義』の命題のひとつであるとはいえ、ラストエンドはあまりにも悲惨、無惨すぎる。


 日清・日露の二つの戦争で獲得した国外の権益を守ることに始まった明治日本の夢と欲望はやがてとどまるところを知らないものとして溢れ出す。韓国を併合し、台湾を割譲させ、満州国をでっち上げて、なにもかもが怒涛逆巻く濁流に呑み込まれていくように流され、昭和20年の破局を迎える。日本が西欧列強と闘った結果として、「あの戦争」があり、戦火は満州に始まり中国大陸全土に広がり、太平洋全域に及んだ。この大日本帝国のアジア侵略の歴史ほど、現代日本にとって、史実として重いものはなく、虚構の入る余地はない。したがって、あの戦争ほど小説になりにくいものはないが、作家の筆はさまざまな人々の想念と記憶が織りなす歴史の重層性を掘り起こしつつ、戦争自体の是非を超えて、その時その場所に置かれた人々の姿を描いている。


 本巻の巻末に、実に13ページに及ぶ参考文献リストが掲載されている。作家が参照した文献の種類と量に圧倒されるが、個別の歴史事象・事件について作家は必ずしも自分の解釈や見解を明示していない。また、作家はこの歴史小説を書くにあたり、かつて、「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない。これが本稿執筆の筆者の基本姿勢であり、小説のダイナミズムを求めるために歴史的事実を無視したり歪めたりしたことは避けてきたつもりである」と述べたことがあった。


 わずか80年に満たない間に生じた日本の民族主義の興隆と破摧。そのような時代に生まれあわせ、呑み込まれ死んでいく兄弟たち。四兄弟の置かれている凄惨な極限状況を本質的に抉り、日本人の流した血と汗の意味は何であったかという問題を後世の者が賢しらに問う形ではなく同時代人の目線で受け止めるべく、作家は読者につきつけている。本書から読者は歴史を史実のみで見るのではなく、心底に眠っている民族心理で分析することの重さを読み取るべきであろう。


 作家がまた、次なる言葉を登場人物に言わしめていることも注目すべきである。「欧米列強による植民地化を避けるためにはアジアを植民地化するしかない。吉田松陰の『幽因録』が示す通りで、結局は民族主義の問題だった」と太郎の友人である同盟通信の香月信彦に語らせ、一方、徳蔵には「多くの日本人が夢見た満州は理想の国家の欠片さえ失って重い重い鉄鎖でしかなくなった」と吐かせている。これらは作家がまれに自らの解釈を吐露したものとみなされる。
 週刊誌連載に際して、作家は「満州のすべてが丸ごとわかるような作品を書きたい」と抱負を述べたことがあったが、その願いは十分に成就したというべきであろう。歴史的事象に対する作家自身の想像力によって歴史の真実に迫り、日本の興亡を巡る壮大なドラマを総合的な戦争文学として記述しようという意思、使命感が読者に伝わってくるからである。
戦後70年という節目の年に、〈昭和もの〉歴史小説の傑作というべき歴史小説が生まれたことを嘉したい。


 戦後50年の際には、「50年、半世紀」を機会とした「戦後」からの脱却、「戦後」の切り捨てが盛んにいわれたものだが、20年後の今日、国際的には歴史認識をめぐって中国・韓国との間で争いの種の尽きることはなく、国内的には「憲法第9条」をめぐって支持・共感と批判・改正の論議が絶えない。これらの問題の根は一つで、「あの戦争」であることはいうまでもない。「戦後」はますます脱却不能のものとなっている感がある。このような時代であるゆえに、本書が「戦争と平和」を考える多くの人々に読まれ継がれることを祈りたい。

(平成27年3月23日  雨宮由希夫 記)

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船戸与一『残夢の骸―満州国演義9―』|新潮社