歴史時代作家クラブ公式ブログ

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書評『扼殺 善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇』

書名『扼殺 善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇』
著者 橘かがり
発売 祥伝社
発行年月日  2018年1月20日
定価  ¥680E

扼殺~善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇 (祥伝社文庫)

扼殺~善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇 (祥伝社文庫)

 

 

 昭和34年(1959)3月10日、東京杉並区の善福寺川宮下橋の近くで、BOAC 勤務スチュワーデス武川知子さん(27歳)が水死体で発見された。当初は自殺とみられていたが、司法解剖の結果、扼殺の跡があり、他殺と断定。被害者の交友関係から、ベルギー人のベルメルシュ・ルイズ神父(38歳)が捜査線上に浮かんだ。
 6月11日、重要参考人と云うよりも、ほぼ容疑者として事情聴取を受けていた神父は正規の出国手続を経て羽田発エールフランス機で本国に平然と帰国してしまう。結局、迷宮入りとなったこの事件は戦後日本の国際的地位の低さを明示する何とも後味の悪い事件として記憶に残ることとなる。
 皇太子(現天皇)の御成婚のちょうど一カ月前に起きたこの事件は、被害者が女性の憧れの職業、国際線スチュワーデスでしかも美人、重要参考人が禁欲的な生活を強いる戒律の厳しいカトリックの外国人神父、ということで世間の耳目を集めた。

 松本清張は事件から7ヶ月後、この事件をモデルにした小説『黒い福音』を『週刊コウロン』の昭和34年11月3日の創刊号より連載を開始している。『黒い福音』は犯罪編と推理編の二部構成、「倒叙推理小説」と呼ばれる形式によるものであった。
 聖職者たる外国人神父が、不犯の戒律を破って、一人の日本人女性と恋に落ち情を通じる。彼をとりまく教会関係者と裏で暗躍する巨大犯罪組織の下で、この神父はスチュワーデスの女性を東京羽田・香港間の麻薬の運び屋として使おうとし、知りすぎた女が抹殺されるというストーリーで、ドロドロとした情痴のもつれからの殺人ではないとした。
 教会は絶好の隠れ蓑であり、神父に捜査の手が及ばぬよう、早く出国できるようにと、働きかけた人がいると、目されたが、清張はその人物を小説の中で、「日本の行政的な上層部の地位にある有力者」「日本の高官夫人」とのみ表記している。事件の顛末に強い疑問と怒りをいだき真相究明に意欲をもった清張にとっては、裏に潜む闇の人物の存在、宗教団体を取り巻く巨大な闇組織と教会とのつながり等、どれも確信に近いものだった。「社会派推理小説創始者」を冠せられる松本清張の憤怒が傑作『黒い福音』を生み出したといえるが、外国人神父が日本警察の刑事たちの必死の努力をあざ笑うかのように逃げた事実のみが厳然として残り、小説を読み終わっても釈然としないという読後感が残ったこともまた否めない。「事実は小説よりも奇なり」であった。

 橘かがりによる本書は、副題に「善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇」とあるように、「ドキュメント・タッチの小説」の体裁をとっていることに最大の趣向があろう。水死体は昭和34年(1959)3月10日の午前7時40分頃、東京杉並区の善福寺川宮下橋の近くで発見されたが、あくまでも「小説的想像」の体裁をとった清張の小説『黒い福音』は事件現場を「善福寺川」とは表記せず、「玄伯寺川」とぼかしている。
 本書では、主人公たる被害者本人の松山苑子〔武川知子〕以外に、未解決事件のスチュワーデス殺しについてのノンフィクションを書こうとするフリーのライターの「松尾慶介」、S会〔サレジオ会〕の教会に集う信者の一人で、殺された苑子という女にそっくりな「古賀悦子」など数人の登場人物の視点から、「事件」に関わるそれぞれのエピソードが語られる。しかも、事件発生当時であるばかりでなく、登場人物によっては、事件後相当歳月を経た時点での当時の世相や社会現象を巧に配し、その中に、スチュワーデス殺人事件の重要な鍵が浮かび上がってくるという周到な構図をとっている。ことに、未解決のあの事件の記憶を持っている団塊以上の世代は、その仕掛けに言うに言えない“懐郷”を味わうことであろう。
 登場人物の中で、キー・ポインターというべきは、熱心なカトリック信者の「百合子」である。百合子の「夫の畠中博太郎は裁判官、有名な法学者で元文部大臣、最高裁長官」であり、「意図的ではないにしろ、夫妻は神父が本国へ帰国するために一役買った」とある。清張が「日本の行政的な上層部の地位にある有力者」「日本の高官夫人」に止めたに対して、本書の作家は闇を突き抜けるべく迷わず踏み込んでいるのである。練達の読者は「畠中博太郎」こそは実在の人物・田中耕太郎(1890~1974)に相当するものと知るだろう。
 晩年の「百合子」に、また、作家は「人知れず罪の意識をもって、あれで本当に良かったの」と回想させている。

 事件から半世紀以上が経つ。この間、日本社会も大きく変わった。昭和30年代まではすでに歴史小説の叙述の対象に入っているとみて、可笑しくはないであろうが、最高裁判事を祖父に持つ作家にしてはじめて踏み込みが可能であったと言えるだろう。
「事件がこのまま人々の記憶から消えてしまうのはやりきれない。事件のことをもう一度書いてみよう。畠中裁判官のことを絡めて書けば、奥行きのあるルポルタージュになるのではないか。何よりも被害者の無念を少しでも晴らしたい」という「慶介」の想いは作家の想いでもある。かくして「畠中夫妻」を核としたこの緻密にして壮大な“歴史時代小説”が生まれることになった。

 作家はなお、こうも描く。
苑子の遺族が事件の真相を知りたいと、真相究明に執念を燃やしたなら、事態はまた少し変わり何らかの展開があったのかも」と。
 被害者像はまた、作家独特のものである。「苑子は嵐のような恋に身をまかし、性愛に溺れた。苑子は情の深い女、大胆で一途で時には無謀で。自らの恋心に殉じるように死んでいった」と。女流作家ならではの人物造形であるともいえる。
「ペータース神父」〔ベルメルシュ・ルイズ神父〕の「その後」が記されている。
 2009年時点でカナダのとある田舎町で地元の名士として存命中であり、神父を続けているという。が、ついに死者への哀悼のことばはなかったと聞くと、読者として怒りがふつふつと滾ってくるのを抑えがたい。
 かくして、本作を通じ、激動の昭和を精一杯駆け抜けた人々がよみがえってくるのだが、闇が晴れないという一点から清張作品に感じたと同様の釈然としないものを感じるのも現実である。

 橘(たちばな)かがりは東京都杉並区生まれ。早稲田大学第一文学部西洋史学科卒業。 2003年「月のない晩に」で小説現代新人賞受賞。「昭和史ノンフィクション・ノベル」を得意とし、自伝的小説『判事の家』や『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』の作品があったが、これに加えるに今回発表された本書があり、昭和という時代も歴史小説たりうることを如実に示している。作家には戦後史の闇を歴史小説の手法で書き尽くすべく、幅広い活動をこい願う次第である。
          (平成30年6月20日  雨宮由希夫  記)